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2008年4月5日、故ゴードン・B・ヒンクレー大管長の後任として、 トーマス・スペンサー・モンソン が末日聖徒イエス・キリスト教会の第16代大管長として支持されました。
聖会
総大会の前の数週間、数日前、数時間前は、新大管長、預言者の支持を待つ末日聖徒イエス・キリスト教会の一般会員(モルモン或いは末日聖徒)たちで、辺りは緊張と希望に包まれています。こうした期待の中、第178回年次総大会が厳かに開かれました。
末日聖徒イエス・キリスト教会の会員は、総大会を見ようと米国ユタ州ソルトレークシティーのテンプルスクエアにある新タバナクルとアセンブリーホールをはじめ、それぞれの親族友人が家庭のテレビの前や、または地元教会堂に設置された衛星放送、インターネットを通して大会の模様を見るために集まりました。春の訪れを伝える芽吹きの色と、ソルトレーク神殿の木陰で、現代の使徒や預言者の膝元に集った何千人という末日聖徒は、ちょうど古代のキリストに従う人々が、救い主と使徒のみ言葉を聞こうとして神殿の入り口や、会堂やガラリヤ湖に群れとなったようすを髣髴させます。
教会の大管長と二人の顧問が会員の支持を受けたこの総大会は、主と末日聖徒にとっては聖会と呼ばれる集会でした。この春の大会最初の午前の部は、2008年4月5日土曜日の朝に開かれました。そしてこの大会で、トーマス・S・モンソン長老、ヘンリー・B・アイリング長老、ディーター・F・ウークトドルフ長老が末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長会として、会員の支持を受けました。
モルモンにとって、末日聖徒イエス・キリスト教会の新しく召された預言者を支持するために起立して右手の挙手でその意を表すことは、会員の特権であり、歴史的意義の深い霊的な瞬間でもありました。定員会ごとに割り当てられたように、各グループに属する会員は起立して挙手をし、新しい大管長会を支持しました。モルモンが信じ、これを証をするように、主は、これらの預言者、聖見者、啓示者は主が召され予任された神の僕であり、主のみ手がこの地上で神の業を推し進めることを目にすることは喜びです。
トーマス・S・モンソン: 概略
モンソン大管長は、前ヒンクレー大管長の管理する大管長会で第一顧問を務めていました。
モンソン大管長は、若年で教会幹部として奉仕するよう召されました。ビショップに召された当時、モンソン長老はわずか22歳で、ステーク会長会顧問を務めたのが27歳、伝道部会長として召されたのが31歳、そして使徒職に召されたのは36歳でした。
1927年8月21日、米国ユタ州ソルトレークシティーで、G・スペンサー及びグラディス・コンディ・モンソンの間に生まれました。1930年代に米国と世界を覆った大恐慌の中で育ち、この社会背景が彼の性格を形成したといっても過言ではありません。17歳で第二次世界大戦に参戦するため、米国海軍に参加しましたが、間もなく終戦を迎え、復員後、ユタ大学で勉学を修め、主席で経営学学士号を取得し1948年に卒業しました。同年年10月7日、フランセス・ビバリー・ジョンソンと結婚し、二男一女に恵まれました。
- トーマス・S・モンソンを参照。
外部リンク
- モンソン大管長の言葉や説教、及びブログは、トーマス・モンソン.com[5]を訪問ください。
- 教会公式のモンソン大管長のウェブサイト[6]
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