身を変えられた人

出典: MormonWiki

身を変えられた人は、彼らが復活するまで、守られ、平安な状態で続けて奉仕するために「身を変えられた」人のことを指しており、彼らは肉において主の忠実な僕です。身を変えられた人は、決して死を味わうことがなく、死の苦痛に堪えることもありません。彼らの肉体は変化を受け、「世の罪に対する以外に苦しみも悲しみも受けない」(3ニーファイ28:38)事になっています。

また身を変えられた人は、「彼らは神の天使のようであり、イエスの名によって御父に祈るならば、彼らはふさわしいと思う人にはだれにでも、自分自身を現すことができ」(3ニーファイ28:30)、この体の変化は「終わりの日に起こる変化と同様のものではなかったが、…サタンは彼らを支配する力をまったく持てず、彼らを誘惑」できず、「肉にあって聖められ、聖なる者となり、地の力も彼らを閉じ込めておくことができなかった」(3ニーファイ28:39)とモルモン書は記録しています。イエス・キリストの再降臨の時、彼らは瞬く間に不死不滅の体を受け、神の王国で昇栄を受けます。身を変えられた人として教え導いた後、すべての身を変えられた人は、瞬時にを受け復活した体を受ける事になります。[1]

アダムの堕落の時に始まり、メルキゼデクが福音を宣べ伝えていた間に至って、多くの人々が身を変えられました。エノクとその民は身を変えられた人々です(モーセ書7:18-21, 31, 63, 69)。彼らは、エノクの町は、シオンとも呼ばれました。このシオンは地上の人々の間では有名な町であったようです。エノクとその町シオンが身を変えられてから700年近くの間、神の教会で忠実だったほとんんどすべての教会員は、身を変えられました。モーセ書には、「彼らは天の力によってシオンに連れ去られた」と書かれています(モーセ書7:27、創世記5:24、ヘブル11:5、教義と聖約107:48-49参照)。

変貌の山 c Intellectual Reserve
変貌の山 c Intellectual Reserve

モーセエライジャアルマ(息子)は、身を変えられました。モルモン書には、アルマについて、「聖文には主がモーセを御自分のもとに受け入れられたと考えている。」(アルマ45:18-19参照)。モーセとエライジャが身を変えられた理由がありました。死を味わったか、復活はまだしていないとしても、彼らは変貌の山で肉体でイエス・キリストの前に現れ、キリストに伴っていたペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人に王国の鍵を授けました(マタイ17:1-6)。 [1]


ジョセフ・フィールディング・スミス大管長はこのように教えました。「モーセとアルマはともに,エリヤや〔黙示者〕ヨハネのように,将来いつの日か主が彼らのために用意しておられる何かの務めを果たすために身を変えられたと信じることは非常に理にかなった考えです。」[1]義にかなった人が身を変えられると,彼らの体は変化して,この世の苦痛や死に支配されなくなります。時々,身を変えられた人は主の目的を成し遂げるために死を味わうことなく地上から取り上げられます。しかし,身を変えられた人は将来,身を変えられた状態から復活した状態に移るときに変化を経験することになります。[1]


キリストの復活とその時に墓が開けて多くの人々が復活した後、身を変えられた人は、この地上で教え導くことができました(天使導きと教えを施す天使参照)。しかし、キリストの時代に身を変えられた人はほとんどいませんでした。愛弟子ヨハネも身を変えられました(ヨハネ21:20-23)。イエスは、「よく聞いておくがよい、人の子が御国の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」(マタイ16:28、マルコ9:1、ルカ9:27愛弟子或いは黙示者ヨハネのこと)。


また主はジョセフ・スミスに、「わたしがわたし自身のもとに残しておいた者たち、すなわちあなたがたの知らない聖なる人々のほかは、すべての者が罪の下にあるからである。」(教義と聖約49:8)と言われました。またモルモン書の預言者モルモンも、死を味わわない人々、すなわち身を変えられた人について言及して、「見よ、わたしは、決して死を味わうことのない人々の名を書き記そうとしたが、主から禁じられた。したがって、その名が世から隠されているので、わたしはそれを書き記さない。」(3ニーファイ28:25)と説明しています。恐らくモルモンは身を変えられた3人のニーファイ人のことを指していたものと思われます。

「イエスは…三人の方を向き、…あなた方は決して死を味わうことがない。わたしが天の力をもってわたしの英国のうちに来るときまで、すなわち父の御心のとおりにすべてのことが成就するそのときまで、あなたがたは生き長らえて、父が人の子らのために行なわれるすべてのことを見るであろう。」(3ニーファイ28:4,7)

身を変えられた人々は、月の栄えの王国の状態にあります。これはエデンの園が存在していた状態で、福千年の時の地球の状態でもあります。福千年の時の地球は、まだ完全な日の栄えの復活した状態ではありません。


黙示録の中で、ヨハネは拷問を受け、キリストの証のためにそれに堪える人々のことについて述べています。


またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。 (黙示録14:13).

ジョセフ・スミスは、「彼らは彼らの務めから長い間休むが、彼らの業は彼らのためにとっておかれ、彼らは復活体を受けた後、その同じ務めに携わることを許される。」[1]

参考資料