出典: MormonWiki

「Testimony -証(あかし)」という言葉は「証拠」「証人」または「証言」を意味するラテン語testimoniumに由来するものです。末日聖徒イエス・キリスト教会聖句ガイド では、証という言葉を次のように定義しています: 「聖霊の力によって証言をすること、また自分の知識や信念に基づいて厳粛に真理を宣言すること。」 「Testimony」という言葉はまた、人が真実だと理解していることを公的または法的に表明することでもあります。 ロバート・D・ヘールズ 長老は証とは何かを次のように説明しています: 「証はイエス・キリストの福音の真実性を明らかにする神からの個人的な啓示です。証は聖霊を通してもたらされ、私たちの魂に強烈で永続する印象を残します。個人の証は教会の土台であり力です。証は人を導く光であり、私たちの行いや人生の進むべき道を左右する決意へと導いてくれます。証は霊の方位磁石の針となって正しい進路を示してくれるのです。それは目に見えない、しかし確実に感じることのできる力です。また、心を内に燃やすことにより、何が正しいかを告げてくれます。それは、『頭ではわからないことを心が告げてくれる時』(ハロルド・B・リー)なのです。」(ロバート・D・ヘイルズ 「個人の証を得る」『聖徒の道』1995年1月号、22-24)

福音が真実であることの証を得るためには、会員は聖典 を研究し、福音の原則を学び、そしてそれが真実であるという知識を得ることができるように信仰をもって祈ることが求められています。福音の真理について証を得て、それを永遠に持ち続けることは、いかなる犠牲を払ってもそのための霊的な準備をする価値のあることなのです。M・ラッセル・バラード 長老は、証があることをどうしたら知ることができるかを説明しています: 「簡単に言えば、証、つまりほんとうの証は、御霊から生じ、聖霊によって確認され、人の生活を変えるものです。証によって考え方や行動、語る言葉が変わります。また、すべての優先順位とすべての選択に影響が及びます。イエス・キリストの福音に対する真の、そして不変の証を持つということは、『霊的に神から生まれ[る]』ことであり、『(自分)の顔に神の面影を受け[る]』こと、『心の中に大きな変化』を経験することなのです」(アルマ5:14)(M・ラッセル・バラード、「純粋な証」『リアホナ』2004年11月号、40)

証は一度にこつ然と得られるものではなく、人生の様々な経験を通して、また福音の知識が増すことによって、徐々にゆっくりと生まれてくるものです。M・ラッセル・バラード長老はさらに続けて、基本的な証には少なくとも次の要素が含まれていなければならないと説明しています:「神がわたしたちの御父であり、キリストがキリストであられることを証してください。救いの計画贖いを中心としています。また、ジョセフ・スミスはイエス・キリストの完全な永遠の福音を回復しました。そしてモルモン書は、わたしたちの証が真実であることを証明してくれます。」(同上.)

証は基本的な証が得られたら、それで成長が止まっていいというものではありません。「家族を教えることや、祈り、聖文研究、人々への奉仕、天の御父の戒めに従順になることなど、誠実かつ懸命に努力」することによって、大きく伸ばしていくことが肝要です。(同上)

大管長会十二使徒定員会は2000年に、救い主イエス・キリストの神性についての証を生けるキリストと題する文書で発表しました。これは現在数多くの言語で出版されています。

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