純潔の律法
出典: MormonWiki
末日聖徒イエス・キリスト教会(俗称でモルモン教会と呼ばれている)は、貞潔を保つことに対して揺るぎない確固とした姿勢をとっています。それは、教会がモーセの十戒とキリストの福音を実践し、さらに現代の預言者の教えにも基づいているからです。「純潔の律法」と呼ばれる貞節に関する戒めは、末日聖徒が 結婚と家族は神聖なものだという信条から見て極めて重要なものです(家族:世界への宣言を参照)。純潔の律法は簡潔に言うと、:
- 性的な関係は合法的な婚姻関係にある男女間の結婚の絆の中でのみ認められるということ、すなわち婚前交渉や配偶者以外と性的な関係や同性愛的な関係を持たないということを暗示しており、さらに夫婦間の肉体関係は婚姻関係における生殖及び愛情の表現として神によって定められたものであるという信条です。
- 「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。神は彼らを祝福して言われた。産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。」(創世記1:27-28)
- 「それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。」(創世記2:24)
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賜物としての生殖の力
モルモン(末日聖徒)は、生殖の力は神からの賜物で、その力は文字通り神のたくさんの賜物の中の一つだと信じています。
末日聖徒は、救いの計画という教義を信じています。この神の計画によると、神は文字通りこの地上に住むすべての人々の霊の父であり、すべての男女は、神の霊の子供たちに肉体を与える神の共同創造者だということを信じています。神はこの神聖な力を治める律法を確立されました。一方、サタン(悪魔)はこの生殖の力を不道徳に妥協させ、破壊させ、頽廃させるための限りない術を企図しています。ジョセフ・F・スミス前大管長はこのように説明しています。:
- 「性の結合は結婚生活において合法であり、正しい意図をもって行うならば誉れあり聖とされる行為である。しかし結婚の契りがなければ、性的耽溺は卑しむべき罪であって、神の目には憎むべきものである。」「福音の教義」(“Gospel Doctrine”, 5th ed., p. 309.)
以上のようなモルモンの預言者の言葉は、モルモニズムの肉体に関する信条を明らかにするものです。たとえサタンが肉体的欲望や情熱を以って人を誘惑しても、末日聖徒は肉体は決して本質的に頽廃したものであるとか悪であるというように見做していません。なぜならこの地上における人の務めは、肉体の欲望を管理し、主が定められた範囲内に保つことだからです。
性的な罪の招く結果
純潔の律法という戒めは、人類を悩ますためのものではなく、むしろその目的は、この律法を破ることでもたらされる限りない悲痛から男女を守るためにあります。ジョセフ・F・スミス大管長は次のように警告しています:
- 「性的な罪の招く恐るべき苦悩ほど、今日の社会で肉体と霊を傷つけるいまわしい癌はない。このような罪は、命の泉そのものを汚すもので、死の遺産として後世にその汚れた影響を残す。獲物を待ち伏せる貪欲な獣として村や町、大きな館や小屋を徘徊し、不敬にも神と人との律法に公然と反抗し国のここかしこに潜んでいる。」(インプルーブメントエラ、vol. 20, p. 739. Joseph Fielding McConkie and Robert L. Millet, Doctrinal Commentary on the Book of Mormon, 4 vols., vol 3: 5-6参照)
さらにジョセフ・F・スミス大管長は性的な罪を次のように指摘しています。:
- 「多くの病気と同じように、性的な罪は次々と病気をもたらす。飲酒が肉体に組織の低下、重要機能の障害をもたらし、かくして肉体は異常をきたしやすくなり、抵抗力を低下させて生死に影響を及ぼすような欠陥をもたらすが、これと同じように、不品行は心を幾つかの霊的な病に陥れ、抵抗力と回復力を奪う。キリストの時代に姦淫を行った者たちは、心理の声に耳が聞こえず、思いと心が正常でなかったためにしるしを求め、救いのおとずれよりも空虚な作り話の方を好んだ。」
これらの予言的な言葉は厳しい口調で語られています。神の戒めを守る人は、何が善で悪かを見て、それを判断する力、そして罪の招く本当の結果を理解することが出来るのです。「純潔の律法」を遵守する人は、乱交が生み出す孤独感、性欲がロマンスを殺してしまうこと、不法な性的活動が信頼を失墜させ虚言を生むこと、ポルノグラフィーが習慣性をもっていること、人間関係から命を吸い取ってしまうこと、軌道を逸した行動を促すこと、、無頓着なセックスが感情を鈍らせ、肉体的心理的な病気の原因になること、姦通が家族を破壊することを十分認識しています。
より高度な律法
「純潔の律法」の下に、モルモンは新約聖書の中で定められたキリストのより高い水準を守る義務を持っています。:
- 「『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしは言っておく。
- みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。」(マタイ5:27-28)
末日聖徒は不適切な性的行為を刺激するようなすべての思い、意図、行動を避けるよう勧告されています。また夫婦間だけで表現することを赦された感情を刺激しないよう戒められています。ポルノグラフィーを見たり、自慰行為などは純潔の律法に反しています。モルモンの青少年は、ペッティング、情熱的な接吻、不適切に身体に触れることなどを回避するように教えられています。(「若人の強さのために:神への務めを果たす」[1]を参照)
罪悪感の重荷
モルモニズムは、レイプ、近親相姦やその他の性的虐待は、虐待を受けた人の罪ではないと考えています。また他人の罪から受けた悲惨な結果を克服するために援助を受けることが必要なことを重視していることは特筆に価します。聖典はこれらの教えが正しいことを確認しています。また性的な罪は様々あって、深刻度や罪悪感がすべて同じ重荷を持っているのではないことを指摘しておかなければなりません。教会幹部の故ブルース・R・マッコンキー長老は次のように性的罪について意見を述べています。:
- 「性的な不品行は、神に反するあらゆる種類と程度の犯罪から成っている。それらすべては悪行であり、罪を免れるものはないが、その中の幾つかは他に比べてさらに深刻なものだ。
- 不適切な性的関係に関わる罪は、私達が知る限り他のどんな悪行よりも遥かに深刻度が高いというのが私達の意見だ。貞節に反する罪はすべてゆゆしい犯罪に関係しているが、多くの場合、この罪は神聖な聖約を破ることで悪化し、虚言、脅し、或いは実際の暴力が加えられる。」(マッコンキー、英文「モルモンの教義」第二版、708)
性的な罪を悔い改める
性的な罪を悔い改めることは、賠償がほぼ不可能に近いため容易なことではありません。盗まれた貞操をどうしたら回復できるでしょうか?しかし、すべての性的な罪を悔い改めることは可能です。末日聖徒は姦通は、殺人に続く深刻な罪だと考えています。性的な罪は、神の律法についての知識と理解を完全に持っている人、特に神殿のエンダウメントを受けた人が犯す場合は極めて重大です。しかし「純潔の律法」を以前知らなかった人や世の中の誤った教えに欺かれていた人がいることも事実です。:
- 「これらの罪の多くは公然と非難され、悲しむべきものであるが、婚約している若い男女が、罪に陥ることをよく考えないで不用意に犯した罪と、聖なる場所に入り神聖な聖約を交わした人が、悪知恵や力によって隣人の妻の貞操を奪おうとたくらみ、それを行った罪とを、私達は目的と結果の両方について分けて考えている。」(ジョセフ・F・スミス、英文「福音の教義」、第五版、310)
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