神会

出典: MormonWiki

末日聖徒は、他のクリスチャンと同様、宇宙を統治する唯一の至高者を信じています。しかし、末日聖徒はその方が一人で働かれるのではなく、神会と呼ぶ管理評議会の主宰であることを信じています。 教会の聖書辞典英文(Bible Dictionary)681頁には、神は「宇宙の至高統治者であり、人類の御父である。授けられた啓示によって、神会には御父、御子、聖霊のそれぞれ独立した三方がおられるということを学びました。末日の啓示は、御父と御子は触れることのできる骨肉の体を有しておられ、聖霊は骨肉の体を有しない霊のお方だ(教義と聖約130:22-23)。」と定義しています。 末日聖徒はこれら三体の神は、「個々別々{だが}・・・目的、計画、あらゆる完全の属性に於いては一致しておられ」(モルモンの教義英文317頁)、御父である神が管理し統治する力を以って、三方が宇宙を治める協力関係にあると信じています。末日聖徒の十二使徒、ジェームズ・E・タルメージ長老は、次のように言明しています。「これらの三方は個々別々の体を持って、聖なる神会を成し、またこの三方が一緒になって宇宙の管理評議会を構成したもう。」(基督イエス、英文32頁) この信条は、伝統的キリスト教が教えている三人別個の個性が一つの実体を維持するという教義とはまったく別なものです。神会の三方全員は、永遠で同等に神聖ですが、いくらか異なる役割を果たしておられます。 モルモニズムも三方の属性については、三位一体説を信奉するキリスト教が断定しているとほぼ同じ属性、すなわち全能、全知、全てに慈悲を持ち、永遠、不変、不死不滅、そして宇宙に於いて永続性を持ち、また宇宙に偏在しておられるが、宇宙から超越はしておられないと断定しています。しかし、いくつかの属性の意味合いには、著しい違いがあります。例えば末日聖徒の場合、「創造主」である神は、実際は宇宙の「組織者」と信じています。というのは、すべての物質(人間も含め)は、過去常に存在していたと同時に、将来常に存在することを信じているためです。神の全能の力は、人類が必ずしも論理或いは基本の物理的法則を完全に理解し得なくとも、これらの法則を超越したものではなく、神の不変性は本来神の創造と神の将来の状態に関わっており、創造以前における神の状態に関わるのではありません。神は、「天地とその中にある万物を形造られた御方」(教義と聖約20:17)です。末日聖徒は、天父がイエス・キリストに私達が住む地球を形造ることを指示されたと信じています。その意味では、永遠の父とキリストの両方がこの世界を造られたのですが、実際に創造の業を行われたのはキリストであると思われます。 ジョセフ・スミスは、神会の会員である三方の体が別々であることの証拠の一つとして新約聖書を指して次のように述べました。「ぺテロとステパノは、人の子が神の右に立っておられるのを見たことを証した。誰でも天の開くのを見たことのある人は、天には力の鍵を持つ三人の方々がおられ、その中の一人がすべてを管理しておられることを知っている。」(教会歴史第5巻426頁)。ジョセフ・F・スミスはこれら三方がどのように一致して働かれるかを以下の通り説明しました。「この一致を述べた預言者や使徒の言説や記述は、これら三方が別個で独立した神々で、礼拝の対象として互いに競い合っているという誤った考えを防ぐためだと思われる。しかし聖書がこの一致を強調したため、ただ唯一のお方があり、三つの異なる方法でご自分を表しておられる・・・という誤りに陥ってしまった。」(インプルーブメントエラ, 4:228)

目次

神会の三方

父なる神

私達の天父は、エロヒムとも呼ばれ、すべての存在者の最上に位置する昇栄したお方です。しかし、ジョセフ・スミスは「彼は昇栄した人であり、天の玉座に座っておられる!…もし今日、彼に会えるならば、神があなた自身のように、一個の人であり、姿を持ち、まさに人間のかたちをしておられるのを見るだろう。なぜならアダムはまさに神のような姿かたちに形づくられ、神から教えを受け、ちょうど一人の人が別の人とするように神と共に歩き、話し、会話をしたのだから。」(「教会歴史」305頁)ブリガム・ヤングは、末日聖徒に次のように言いました。「もし私達が天父を見ることができるなら、私達の地上の両親に似たお方を見るであろう。その違いは父なる神は昇栄され栄光化されていることだ。…私達と同様に、彼が肉体にある時、私達の現在の同じ有様にあった。しかし神はすべてを焼き尽くす力の如く、永遠の燃える炎の中に住み給うと書かれているから、神の住まわれる所には罪は存在できないのだ。」 (ブリガム・ヤング説教集4:54)。末日聖徒は、父なる神は、神がさらに光と美と力を持っておられる以外は、私達の姿かたちが地上の両親に類似しているのと同じだと信じています。また神の体は私達の肉体よりもさらに微細で純度が高い物質からなっていると信じています(教義と誓約131:7)。 一方、ヒーバー ・J・グラントも「私達は神が一人の個人であることを信じています。また私達は神の姿形に作られたことを完全に信じています。そして私達が私の父の息子であり、あなたもまたあなたのお父さんの息子であるように、実際にイエス・キリストは、彼の御父の息子であることを信じています。」(ヒーバー J. グラント, 1938年9月3日付けデゼレト ニュース教会欄) 教会員でないある人々は、神は隔りのある、冷たく、自分とは無関係な他人だと見ていますが、末日聖徒は、まったく神をそのようには考えていません。末日聖徒は自分で神を見るとき神を認知できるものと信じています。ブリガム・ヤングはこのように表明しました。「私達の中の誰かが、私達が仕えようと努力している神を見ることができるなら、つまり天にまします私達の御父を見ることができるなら、私達の肉親である父親を自分で知っているように、神の顔つきの表情に親しみを覚え、神に見まえる特権に浴することができれば、彼を抱擁し首を抱きしめて接吻したくなるだろう。」(ブリガム・ヤング説教集8:30)。末日聖徒は、人が誕生した時に私達は忘却の幕に覆われ、たとえ啓示によってわずかのことは時々思い出しても、人がこの世を去るまではすべてを思い出すことはできないと信じています。この忘却の幕は、人が信仰を行使するためには必要なのです。人が知識を得るとき、信じる代わりに知ることができます。

イエス・キリスト

末日聖徒は、イエス・キリストがナザレのイエス、ベツレヘムでマリアとヨセフから生まれ、過去にも現在にもキリストであり、長い間待ち望んだメシヤであり、そして人類の救い主であることを厳かに公言します。またイエス・キリストがこの教会の文字通りの頭であり、キリストが望まれることをその預言者と使徒に啓示を通して示され、絶えず教会の働きを導かれている御方であると断言します。末日聖徒は、イエスが死すべき人間の母と不死の御父から生まれたことを信じています。またイエスは、その母から死んで朽ちる人間の属性を受け継ぎ、命を取り戻す力をその御父から神の属性として受け継いだことを信じています。さらにイエスが人々の罪を贖われることで、次の二つの機会を私達にお与えくださったと信じています。先ず、個人の従順さに応じた報いを得て、すべての人は死後復活する機会つまり、肉体を再び得る機会を得ること。次に、キリストと天父と共に永遠に住み、彼らのようになるためにさらに進歩する機会を得ることです。末日聖徒はまた、イエスはかつて神であり、今も神であることを信じています。また彼らの罪の代価は自分では払うことはできないが、イエスの戒めに従うことによってのみ罪から清められる望みがあることを信じています。またイエス・キリストは、第二の慰め主として知られています。

聖霊

聖霊は、神と同じく、それほど多くのことは知られていませんが、末日聖徒は聖霊が肉体を持たず、霊体のみを有していること、そして聖霊は永遠の父なる神とイエス・キリストと同様、男性であることを知っています。聖霊は慰め主 または 第一の慰め主として知られており、キリストは彼の死後、その使徒に聖霊を送ると約束されました。聖霊はキリストの証し人であり、キリストがバプテスマのヨハネからバプテスマを受けた時、(鳩の象徴で)現れました。聖霊はまた、現代の人々がキリストのみ言葉を聞くときに、人々に証をされ、これが末日聖徒イエス・キリスト教会が大きく急速に発展した主な理由です。ジョセフ・スミスは「誰も啓示を受けないで聖霊を受けることはできない。それは聖霊は啓示を与える者だからだ。」と教えました。キリストの教会は常に啓示の上に築かれてきましたから、聖霊は今日、教会の中で極めて力強く活発に働いています。現在の預言者ゴードン・B・ヒンクレーは、「聖霊は真理の証し人で、人では互いに教え合うことができないことを教えることができる。」と言いました。(“エンサイン”1986年11月号51頁)。聖霊はこの教会に加入することを考慮している人々に、確かにこれがキリストの教会であることを証します。 末日聖徒は神会の御三方を信じており、以上のような信条は唯一の神を信じることとして考えています。教会が他の神々、或いは聖なる方々の存在を認めていても、この事実は救いにはほぼ重要ではないと考えられています。即ち、末日聖徒が昇栄された方々と呼ぶ他の神々は、この地球には何の影響をも及ぼさず、彼らは教会員の礼拝の対象でなく、その永遠の役割も定義されていません。