新エルサレム
出典: MormonWiki
モルモンの教義では、新エルサレム(或いはシオンとも言及される。モーセ書7:62)は、聖徒たちとイスラエルの十二部族が集合する場所のとこを指しています(黙示録21:1-5)。キリストは、福千年の間、エルサレム(旧エルサレム)と新エルサレムから世界を統治されます。
- 「多くの国民は来て言う、『さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。彼はその道をわれわれに教え、われわれはその道に歩もう』と。律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。」(ミカ4:2)
これは預言者イザヤが将来のその日のことを示現で見た内容と一致します。
- 「終りの日に次のことが起る。主の家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてき、多くの民は来て言う、「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。彼はその道をわれわれに教えられる、われわれはその道に歩もう」と。律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。」(イザヤ2:2-3).
モルモンの教義は、この聖句は福千年の時に二つの首都が設けられることに言及しているものだと教えています。:つまり新・旧エルサレムのことを意味しているのです。預言者ジョセフ・スミスが書いた信仰箇条第十条は次のように述べています。
- 「わたしたちは、イスラエルの文字通りの集合と十部族の回復とを信じる。また、シオン(新エルサレム)がアメリカ大陸(モルモン書の中のエテル書13:3-6,10参照)に築かれること、キリストが自ら地上を統治されること、そして地球は更新されて楽園の栄光を受けることを信じる。」
「新エルサレム」という用語は、福千年の間に天から降りてくる聖なる町のことです。この概念は黙示録21:2,10に「聖都エルサレム」と書かれています。
- 「また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。
- この御使は、わたしを御霊に感じたまま、大きな高い山に連れて行き、聖都エルサレムが、神の栄光のうちに、神のみもとを出て天から下って来るのを見せてくれた。」(黙示録21:2,10)
おそらくこの「聖都」とは、極めて義しく生活し主とともに歩んだので、神が天に取り上げられた「エノクの町」のことに言及しているものです(モーセ書7:12-21,56-64)。
ジョセフ・スミスは、1831年7月に受けた啓示の中で、新エルサレムと神殿が、ミズーリ州インデペンデントに建てられ、イスラエルの集合が始まると預言しています(教義と聖約57:1-3)。「シオン」という用語は、「心の清い者」という意味でもあり、キリストが再び来臨される時、人々が福音を受け入れ、戒めに従った生活をしているので世界中に「シオン」として多くの場所が確立さることにも言及しています。しかし、新エルサレムは、その心の清い人々の「中心の場所」或いは首都となります。
新エルサレムとエルサレムの再建は、キリストの再降臨の前に起きなければなりません。十二使徒定員会は1845年に次のように宣言しました。
- 「主はヨセフの残りであるアメリカの原住民(アメリカインディアン)を集められる。そして大いなる、強い、力強い国家とされ、彼らを文明化、啓蒙化され、聖なる町、彼らの中に神殿と首都を確立され、それはシオンと呼ばれる。
- そしてそこには彼の幕屋、聖所、王座、首都、そして永遠に南北アメリカの首都となる。端的に言うと、エルサレムが東半球にあると同じように、西半球のエルサレムになるのだ…
- シオンの町は、その聖所と神権、及び栄光の完全な福音と共に、南北アメリカの共和国、州、省、領土、国家、部族、血族、言語、民、そして党派を一つの偉大で共通の兄弟愛の絆で統一して、食い違いのある信条や政治的論争に終止符を打つ基準を制定する。真理と知識が、彼らを自由にし、愛が彼らの和合を結びつける。また主が、彼らの王と法律制定者となられ、戦争は止み、平和が千年の間敷かれる。
(モルモニズム百科事典より抜粋、Encyclopedia of Mormonism, ed. Daniel H. Ludlow, 1992, p.1010)
しかし最終的に、この預言の完全な成就は、イエス・キリストが統治する為に戻ってこられるまでは起こりません。なぜなら主こそがシオンから治める権利を持っておられるからです。
