按手
出典: MormonWiki
按手は、神からの正当な神権の権能を持っている神権者が、神権の儀式の一部として、聖任や祝福を受ける人の頭の上に両方の手を置く行為です。これは神の力を祈り求める時の一つの方法として、神権の儀式の多くがこの按手によって行われます。民数記27:18-20には、主がモーセに命じてヨシュアに指導者としての権威を分け与え、その職に任命する時に按手を施してたことが書かれています。また使徒行伝8:17にもペテロとヨハネが聖霊の賜物を授与する時にも按手したことが記録されています。
これと同様に末日聖徒イエス・キリスト教会の会員は、按手によって以下の神権の儀式を行うことは、キリスト教会の極めて重要な教義の一部であると信じています。次に示した信仰箇条に記されているように、福音の基本的な原則と儀式には按手が行われます。
- 「わたしたちは、福音の第一の原則と儀式とは、第一に主イエス・キリストを信じる信仰、第二に悔い改め、第三に罪の赦しのために水に沈めるバプテスマ、第四に聖霊の賜物を授けるための按手であることを信じる。」(第三条)
- 「わたしたちは、福音を宣べ伝え、その儀式を執行するためには、人は預言によって、また権能を持つ者による按手によって、神から召されなければならないと信じる。」(第五条)
その幾つかの神権の儀式は次の通りです:
按手を施す権能を持つためには、正当な神権の権能を持っている神権者から按手によってこの権能を受けなければならず、神権の権能は男性の教会員にのみ与えられます。正当な神権の権能はイエス・キリストから神権の権能を授けられた使徒ペテロ、ヤコブ、ヨハネが天の使いとして ジョセフ・スミス 訪れ神権を与えました。こうして教会の中では、キリストから受けた神権は途切れることなく、ジョセフ・スミスから現在に至っています。
神権の権能を持つことと、神権を行使する力を持っていることとは異なります。末日聖徒の教義では、神権の力を使うためには、その人は神権の権能を使うにふさわしくなければならないと教えています。教会指導者の一人、H・ブルーク・ピーターソン長老は、次のように述べています。
- 「神権を持っている私達すべてには、主の代理として行動する権能があります。しかし私達の権能の効果、或いはその権能を通して現れる力は、私達がどんな生き方をしているかそのパターンにかかっています。つまり、私達が義しいかどうかによって権能の現れる力が違うと言えます。」(“Priesthood—Authority and Power,” エンサイン誌, 1976年 32参照)
