天使

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クモラの丘に立つ天使モロナイ © Intellectual Reserve

目次

天使の属性

天使は、この地上での業に直接関心を抱いている神から遣わされたメッセンジャーです。羽を持った伝説上の存在というより、むしろ天使は霊の状態か復活した状態の存在者です。教会の聖書辞典には次のように書かれています。:

これらの存在者は主の使いで、新約聖書のヘブル書に書かれている「仕える霊」(ヘブル1:4)です。末日の啓示によって主のために仕える天の存在者には2種類あることが分かっています。すなわち、霊の状態の者と骨肉の体を持った者です。霊は、まだ骨肉の体を得ていないか、死すべき体を持っていたが死んで復活を待っている者があります。一般には「天使」という言葉は、骨肉の体を持つ仕える人のことで、死から復活した人か、エノク、エライジャなどのように身を変えられた人を指しています(教義と聖約129章参照)。

聖典には天使の働きに関する多くの記述があります。時には、雷のような声で神のお告げを伝えることがあります(モーサヤ27:11-16)。義人が天使と呼ばれることもあります(ジョセフ・スミス訳聖書創世記19:15)。天上の神の御座を取り囲む天使もいます(アルマ36:22)。

メリル・ベイトマン長老は、キリストの誕生に関わった天使について次のように語っています。

救い主の誕生(を祝うクリスマスの季節)に天使はなぜそんなに目立った存在なのだろう?」と人は問うかも知れません。その答えは二つあります。まず、天使が告知していた聖なるお方、神の御子、神のすべての子供を救うために地上に来られ肉体を得られた神の独り子の属性と使命に関わっているからです。第二に、新しい神権時代、すなわち福音が完全に回復される時代の到来を告げているからです。天使の働きは、神権時代の到来を告げる助けをすることです。(モロナイ7:29-31参照。).[1]

回復された福音をもたらしたモロナイは、新しい神権時代の初めの段階で、数々の天使が特別な役割を果たしたことを述べています。

「天使の務めは、…主の選ばれた器にキリストの御言葉を告げ知らせることによって彼らがキリストについて証を述べるようにして、人の子らの中に道を備えることである。このようにして、主なる神は道を備えて、残りの人々もキリストを信じる信仰を持ち、聖霊がその方によって彼らの心の中に宿られるようにされるのである。」(モロナイ7:31-32)

ブルース・R・マッコンキー長老は、天使について次のように述べています。

天使は、「神のメッセージを伝え、神の子供たちに教えと導きを与え、救いの教義を教え、悔い改めの声を上げ、彼らに神権とその鍵を授け、危険な状況から彼らを救い、神のみ業を行なうよう導き、末の日に選ばれた者を集め、神のみ業に必要なすべての事柄を執り行う為に天の国から送られる。」[2]
ジョセフ・F・スミス大管長は、地上に導きを与える天使についてある見解を与えています。:「み使いが地に住む者に送られる時、彼らは他人ではなく、私たちの中にいる親族縁者、友人、同胞や共に仕える者です。すでにこの世を去った古代の預言者が、この地上の人々を訪れました。彼らはアブラハム、イサク、ヤコブを訪れ、…このような存在者は…救い主を待ち侘び、山の上で彼に仕えました。…この地上を去り、忠実であり、これらの権利と特権を享受するにふさわしい私たちの父母、兄弟姉妹、友人は、肉体において会いを培った人々に対し、神のみ前より愛、警告、または叱責と教えの言葉をもたらすために、再び地上に来てその親戚や友人を訪れる使命を受けるかも知れない。」[3]

この見解は、預言者ジョセフ・スミスに明らかにされた天使に関する教義に基づいた見方です。ジョセフ・スミスは教義と聖約に次のような啓示を記録しています。

「しかし、この地球において教え導く天使たちで、この地球に属していない者、あるいはかつて属していなかった者はだれもいない。」(教義と聖約130:5)

永劫の天使

すべての人々が復活裁きを受けた後、「新しくかつ永遠の聖約」(永遠の結婚の律法)に従わず昇栄を受けなかった者は天使として救いを受け、天において仕えます。これは彼らは昇栄した人々が住む王国に清められたこの地球への使わされるみ使いではなく、天において仕えるということです。教義と聖約132章には次のように書かれています。

「それゆえ、もしある男がこの世において妻をめとるのに、彼がわたしによらずに、あるいはわたしの言葉によらずにめとるならば、彼がこのようにいる限り彼女と誓い、彼女も彼と誓うとしても、彼らの誓いと結婚は、彼らが死ぬと、そしてこの世の外に去ると、効力がない。それゆえ、彼らはこの世の外では、いかなる律法によっても結ばれないのである。
それゆえ、彼らはこの世の外に去ると、めとることも、嫁ぐこともなく、天において天使に任じられる。その天使たちは、はるかに優れた、並外れた、永遠の重みのある栄光にふさわしい者たちに仕える奉仕の僕である。
これらの天使たちは、わたしの律法に従わなかったからである。それゆえ、彼らは増し加えられることがなく、永遠にわたって、昇栄することなく、救われた状態にあって、それぞれ独りのままでいることになる。それから後、彼らは神々ではなく、とこしえにいつまでも神の天使である。」(教義と聖約132:15-17)

神殿では、生者と死者のいずれの人々のためにも昇栄を受けるために必要な日の栄えの結婚の儀式が行われています。この世で福音を聞くことのできなかった人々に代わって執行される死者の儀式は、すべての人がこの祝福を受けられるように、福千年の間も行なわれます。家族歴史死者のためのバプテスマも参照。)

悪魔の使い

聖典は、悪魔の使いについても述べています。これらの天使は、ルシフェルに従った霊たちで、前世天での戦いで、神の前から追い払われ、地に落とされた霊たちです。」(黙示録12:1-9;教義と聖約29:36-38; モーセ書4:1-4;アブラハム書3:27, 28.)[4]

聖典に出てくる天使たち

モルモン書

ニーファイ:「預言者ニーファイが命の木の意味を理解しようと求めていた時、一人の天使が示現に現れて、ナザレの町の美しいおとめを見せ、「神が御自身を低くされることがあなたに分かるか」と尋ねました。ニーファイは、「神がその子供たちを愛しておられることは知っていますが、すべてのことの意味を知っているわけではありません。」と答えました。そこでこの天使は、「見よ、あなたが見ていおとめは、肉に関して神の御子の母である。」と告げました。そしてニーファイは、「そのおとめが御霊に連れて行かれてからしばらくして」、「腕に幼子を抱いたおとめ」を見ました。そこで天使は、「神の子羊、まことに永遠の父なる神の御子を見なさい」(1ニーファイ11章)と告げました。」[5]
モーサヤ王:モルモン書の中の預言者による最も有名な説教は、恐らくモーサヤ書3章に書かれているベニヤミン王の説教でしょう。ベニヤミン王が民に教えた真理は、天使によって彼に教えられたと王は語っています。その真理とはイエス・キリストの贖罪を通して私たちが得られる「胸躍る大いなる喜びのおとずれ」であると、ベニヤミン王は記録しています。
「これから述べることは、神から遣わされた天使がわたしに知らせてくれたものである。天使がわたしに、「目を覚ましなさい」と言ったので目を覚ましたところ、見よ、天使はわたしの前に立っていた。そして、天使はわたしに言った。「目を覚まして、わたしが告げる言葉を聞きなさい。見よ、わたしはあなたに、胸躍る大いなる喜びの訪れを告げ知らせよう。」」(モーサヤ3:2-3 キリストの贖いについての詳細にわたる教えは、3章全部を参照)
アルマに現れた天使© Intellectual Reserve
アルマ(息子)モルモン書の中のアルマ(息子)は、教えと導きを与える天使についての個人的な経験を述べています。若いときに彼は不信仰な者たちの中に数えられており、「多くの者に自分と同じような罪悪を犯させ」ていました。ある日、モーサヤの息子と一緒に「神の教会を滅ぼそうとして歩き回っていたときに」、「主の天使が彼らに現れ」、「その天使はまるで雲に包まれて来たかのように降って来て、さながら雷のような声で語り、…大地を震わせ」ました。天使は、「あなたはなぜ神の教会を迫害するのか。」と語りました。
「この経験に圧倒されたアルマは,気を失い,父のもとに運ばれました。父アルマやほかの者たちが2日間断食し,祈った後で,やっとアルマは健康と力を取り戻しました。そして立ち上がって,こう宣言します。「わたしは自分の罪を悔い改め,主に贖われました。まことに,わたしは御霊によって生まれました。」やがて,アルマはモルモン書の中でも最も偉大な宣教師の一人となります。しかし,長年の伝道の中で,アルマは天使の訪れについて一度も語りませんでした。むしろ,神の聖なる御霊によって真理を知るようになったと証する方を選んだのです。」[6]
イエス・キリスト:恐らくモルモン書の中で最も劇的な出来事は、復活されたキリストが当時のアメリカ大陸の住民を訪れ、教えと導きを与えられたことでしょう。この一連の出来事の中で、キリストが民のために祈りを捧げておられたとき、幼い子供を一人一人祝福されたことが記録されています。このとき、天が開かれて天使が降って来て幼い子供たちに恵みを施されたことが次のように書かれています。
「イエスが祈られた事柄を書き記すことはできないが、イエスの祈りを聞いた群集はそのことを証した。
彼らは次のように証した。『わたしたちはイエスが御父に話されるのを見聞きしたが、それは目がまだ見たこともなく、耳がまだ利いたこともないほど、大いなる驚くべきことであった。』
…そのときにわたしたちの心に満ちた喜びは、だれも創造することができない。
またイエスは群集に語って、『あなたがたの幼い子供たちを見なさい。』
そこで彼らは、見ようとして天に目を向けたとき、天が開くのを見た。そして、天使がまるで火の中にいるかのような有様で天から降って来るのを見た。天使は降って来ると、幼い子供たちを取り囲み、幼い子供たちも火に包まれた。そして、天使は幼い子供たちに恵みを施した。」(3ニーファイ17:15,16,21,23,24)


レーマンとレムエル:常に奇跡的な出来事が改宗の原因ではありません。例えば、モルモン書のレーマンレムエル(預言者ニーファイの兄達)が弟たちに乱暴を働いている時、天使が現れて、やめるように警告しました。またこれらの兄弟たち全員に、レーバンは彼らの手に落ちるだろうと安心させました。ニーファイがレーバンから真鍮版を手に入れることができると信じていることを述べる一方で、レーマンとレムエルはそれを信じないばかりか、天子の訪れを受けた後に彼らの態度を変えてしまいました。しかしニーファイは、「主の天使にあったことを忘れたのは、どういうわけですか。」と思い出させています(1ニーファイ7:10)。


空の墓の前に立つ天使© Intellectual Reserve

新約聖書

一人の天使が、祭司ザカリヤに現れました。彼が神殿の至聖所に入った時、祭壇の右側に主の天使が立っているのを見ました。天使は、「わたしは神のみまえに立つガブリエルであって、この喜ばしい知らせをあなたに語り伝えるために、つかわされたものである。」(ルカ1:19)と述べました。ガブリエルは、ザカリヤに彼の妻エリサベツに子供が生まれ、彼をヨハネと名付けるよう説明しました。またガブリエルは、ヨハネにはキリストの先駆者(エリヤ)としての使命があることも告げました(ルカ1:1-17参照)。しばらく後にこの同じ天使のガブリエルは、マリアに現れ、彼女が神の御子の母親になることを告知しました。

その次に天使が現れたのは、主の天使がベツレヘムの荒れ野で羊の番をしていた羊飼いたちに救い主の誕生を告げたときでした。:「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」(ルカ2:10-11)と宣言しました。他の天使の群れが現れて、神を称えて「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように。」(ルカ2:14)と賛美しました。

またマリヤのいいなずけのヨセフは、「主の天使」に夢の中で、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている。」(マタイ2:13)と警告されました。このヘロデが死んでしまった後、ヨセフは再び天のみ使いから「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」(マタイ2:20)と導きを受けました。

またイエス・キリストが、贖いの苦しみを経験しておられたとき、天使の慰めを受けたことが聖典に書かれています。ゲッセマネの園で、「そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。」(ルカ22:43)と記録されています。

その後、キリストの復活のときにも天使が現れています。 週の初め、女たちが夜明けにキリストが葬られた墓に香料と乳香を遺体に塗ろうとして来ました。彼女たちが驚いたことに、墓の石が脇へ転がされていました。「輝く衣」を来た二人の者が、彼らの前に立って、:「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか。そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ。まだガリラヤにおられたとき、あなたがたにお話しになったことを思い出しなさい。すなわち、人の子は必ず罪人らの手に渡され、十字架につけられ、そして三日目によみがえる、と仰せられたではないか」(ルカ24:4–7)。

またイエスが復活後に昇天された時も、白い衣を着た二人の者が、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう。」と確信させました(使徒行伝1:11)。

旧約聖書

預言者ダニエルは、多くの示現の中で天使を見ました(ダニエル8:16; 9:21; 10:13, 21;及び12:1を参照。)ダニエルがライオンの穴に投げ込まれた時、一人の天使がダニエルの命を守りました。創世記22:11-12では、天使が主御自身を代表して語っています。

主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。
み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。
アブラハムを助ける天使© Intellectual Reserve


高価な真珠

高価な真珠には、アブラハム自身がエジプトの神々への人身御供にされたことが書かれています。:

「彼らがわたしをささげて命を取るためにその手をわたしの上に振り上げたとき、見よ、わたしは主なる神に声を上げた。すると、主は耳を傾けて聞いてくださり、全能者の示現でわたしを満たしてくださった。そして、主の前の天使がわたしの傍らに立ち、直ちに縄を解いてくれた。」(アブラハム書1:15).

守護天使

天の存在者、特に先祖は、地上の人の行いに関心を持っており、ときどきこの世の人々を守り、救い出し、慰め、あるいは支えるために送られます。しかし、すべての地上の人に守護天使が常に付き添っていると言う証拠はありません。 聖霊が常に私たちの伴侶となることは、天使が個人を慰めるために送られたことを理解する助けとなります。この世を去った愛する人が時々、生きている親族を訪れることを許されることがあり、末日聖徒の日記には、このような出来事がいくつも書かれています。

ジョン・A・ウィッツォー長老は何年か前に、一人一人が「守護天使」を持っているかどうかというトピックについて話しています。:
「疑いの余地なく天使はしばしば、事故や危害、誘惑や罪から私たちを守ってくれている。正確に言えば、彼らは守護天使ということができるだろう。多くの人は、彼らの肉眼を超越した源から受けた導きや守りについて証したり、証できると感じている。聖霊、そして恐らく清い天使が常に私たち臨在してくださることによって受ける助けなしには、人生の艱難は、何倍も難しいものになるだろう。
しかし、ある人が生まれた時にその人に常に守護天使が割り当てられているという通常信じられていることは、証拠立てられていない。…守護天使が特別な助けを私たちに与えるだけに訪れても、天使は守護天使になり得る。事実、聖霊が私たちに常に伴侶とすることができれば、天使が常時いる必要はなくなる。
従って、さらに詳しい知識が得られるまで、天使は私たちの必要に応じて私たちを守るために送られると言ってもかまわない。しかし、各人に常に守護天使がいるということは確かに言うことはできない。[7]

滅びの天使(滅ぼす天使)

聖典、特に黙示録には滅びの天使のことが書かれています。黙示者ヨハネは、地の四隅に立って地を滅ぼそうとしている四人の天使について語っています。現代の預言者は、これらの破壊の天使についてつぎのように言及しています。:

「1832年12月6日、救い主は、預言者ジョセフ・スミスにこれらの天使は地を刈入れ、焼き払う許しを願って「日夜、主に叫び求めている」(教義と聖約86:5)ゼカリヤ6:7は、主の許しを受けるまでは、天使は地の面に出て行くことができないと書かれています。」[8]

教義と聖約第86章の啓示が与えられてから61年後、ウィルフォード・ウッドラフ大管長は、主はこれらの滅びの天使を放たれて、間もなく起こる焼き払いの時の準備に地上で毒麦と小麦をふるい分けていると宣言しました。:「神は、滅びの天使が毒麦を小麦と一緒に刈りいれないよう、長年待たせた。」

しかし、あなたに言っておきたい。これらの天使は天の門口を離れ、今、この国の人々の上に立って、裁きを下す為にこの地の上を漂っている。そしてまさしく今日から彼らは裁きを下し、災難と問題が地の面に増加する。そして、それらのことには意味がある。これを記憶してこれらの事柄を深く考えよ。もしあなたがあなたの義務を果たし、私が私の義務を果たすなら、私たちには守りがある。[9]

天使の言葉

「したがって、私の愛する同胞よ、もしあなたがたが十分に固い決意をのって御子に従い、神の前に決して偽善と欺きを行なうことなく誠意をもって行動し、罪を悔い改めバプテスマによって、まことに、あなたがたの主であり救い主である御方に従い、主の言葉のとおり水に入り、バプテスマを受けることによって、キリストの名を喜んで受けることを御父に証明するならば、見よ、そのとき、あなたがたは聖霊を受ける。すなわち、そのとき火と聖霊によるバプテスマを受ける。するとあなたがたは天使の言葉で語り、イスラエルの聖者に賛美の声を上げることができるのである。わたしはそれを知っている。」(2ニーファイ31:13-14)
「あなたがたは、聖霊を受けたら天使の言葉で語ることができると私が言ったことを覚えていないのか。また、聖霊によらなければ、どうして天使の言葉で語ることができようか。
天使は聖霊の力で語る。したがって、天使はキリストの言葉を語る。さて、わたしは、キリストの言葉をよく味わうようにあなたがたに言った。見よ、キリストの言葉はあなたがたがなすべきことをすべて告げるからである。」(2 ニーファイ32:2–3).

ボイド・K・パッカー長老は、天使の言葉についてこのように述べました。

「ニーファイは,天使は聖霊の力で語ると説明していますが,皆さんも天使の言葉で語ることができます。それは,単純に言うと,聖霊の力で語るという意味です。聖霊の力は穏やかです。目には見えません。鳩になって降って来るわけでもありません。舌のようなものが炎のように分れて現れることもないでしょう。しかし,その力は確かにそこにあることでしょう。」[10]

天使の教えと導き(天使の働き)

「この天使の働きについて一言申し上げます。古代でも現代でも,天使は人を訪れて,指導や警告や指示を授けてきました。訪れを受けた人はそれによって恩恵を受けます。わたしたちは天使の働きが生活にどれだけ影響しているか,普段はそれほど認識していません。ジョセフ・F・スミス大管長は言いました。「これと同じように,この地上を去り,忠実であってこの権利と特権を享受するにふさわしいわたしたちの父親,母親,兄弟姉妹,友人は,肉体に宿っていたときに愛を培った人々に対し,神の御前より,愛,警告または叱責,教えの言葉をもたらすために,再び地上に来てその親戚や友人を訪れる使命を受けるかもしれません。」そのような経験をしたことがあると感じている教会員は大勢います。天使の働きは,昔も今も,福音に欠かせない重要なものです。ジョセフ・スミスが完全な福音を回復したときも,天使が働きました。」[11]
「天使があなたに導きと教えを与えるという立場にあることは、あなたにとってどういう意味がありますか?それはあなたの人生のあらゆる段階で霊感と導きを受ける権利を持っているということです。…それは悪と危険からの守りをあなたに与えます。」[12]
「しかし天使の働きには, 目には見えないものもあるのです。天使のメッセージは声, あるいは心に浮かぶ考えや感じという形でも伝えられる場合があります。」[13]

アロン神権の鍵

アロン神権は、主がアロンとその息子達に授けられた霊的力の偉大な賜物です。それは「天使の働きと備えの福音の鍵」を持ち、また「悔い改めの福音と罪の赦しのために水に沈められるバプテスマ」を含んでいます。アロン親権は、復活したバプテスマのヨハネによってジョセフ・スミスオリバー・カウドリに授けられました。

「わたしと同じ僕であるあなたがたに、メシヤの御名によって、わたしはアロンの神権を授ける。これは天使の働きの鍵と、悔い改めの福音の鍵と、罪の赦しのために水に沈めるバプテスマの鍵を持つ。また、レビの子らが再び義をもってささげ物を主にささげるまで、これは決して再び地上から取り去られることはないであろう」(教義と聖約い13章)。
ジョセフ・スミスに現れたモロナイ© Intellectual Reserve

ジョセフ・スミスと天使の働き

ジョセフ・スミスは、「最後の神権時代」に王国を建設するみ業を行なっているとき、しばしば天使の導きと教えを受けました。 神権の権能と神の名によってお子なるための鍵と共に、多くの知識が天から明らかにされました。モルモン書を書いた最後の預言者モロナイは、遂行されなければならない業が何であるかを確認し、その詳細を述べ、翻訳すべき金版をジョセフの手に渡し、翻訳終了後にまたジョセフからそれを回収する他にも何度も彼を訪れました。:

「わたしはこのように神に呼び求めていたとき、室内に光が現れたのに気づいた。その光は次第に明るさを増し、ついにその部屋は真昼の時よりも明るくなった。すると、すぐに一人の方がわたしの死んだの傍らに現れ、空中に立たれた。というのは、その足が床から離れていたからである。
その方はこの上なく美しい白さの、ゆったりとした衣を着ておられた。それは、わたしがこれまで見たこの世のいかなるものも、これほど白く輝いて見えるようにすることはできないと思う。その方の手はあらわで、衣の袖は手首の少し上もでで、その足もあらわで、衣の裾は足首の少し上までしかなかった。その頭と首も覆われていなかった。その方の胸が見えるほど衣がゆったりとしていたので、わたしはその方がその衣のほか何も着ておられないのに気づいた。
その衣が非常に白かっただけでなく、その全身も筆紙に尽くし難い輝きに満ち、その顔はまことに稲妻のようであった。部屋は非常に明るかったが、その方のすぐ周りほど明るくはなかった。わたしは最初にその方を見たときに恐れたが、その恐れはすぐに去った。
その方はわたしの名を呼び、自分は神の前から遣わされた使者であること、その名はモロナイであること、神がわたしのなすべき業を備えておられること、またわたしの名が良くも悪くもすべての国民、部族、国語の民の中で語られることをわたしに告げられた。」(ジョセフ・スミス---1:30-33).

ウィルフォード・ウッドラフ大管長はジョセフ・スミスが天使の導きと教えを受けたことについて次のように述べました。

「ジョセフ・スミスは、まるで全能者の預言と啓示と定めに取り囲まれているようでした。彼は教えを受けなければなりませんでしたが、人からでもなく、人の思いによってでもなく、神の天使から教えを受ける必要がありました。神の啓示が必要であり、何年にもわたって示現と啓示によって教えを受けました。そして、彼に教えと指示を与え、この教会の基をすえるために彼を備えるよう神から遣わされた聖なる天使たちによって教えを受けました。」[14]
「彼が、みずからのものとして身につけていた原則は、主と…古代の使徒や預言者たちとの交流によって彼に与えられたものであった。たとえばアブラハムやイサク、ヤコブ、ノア、アダム、セツ、エノク、それにイエスと御父である。また、アジア大陸に住んでいた使徒たちだけでなく、この大陸にすんでいた使徒たちとも交流があった。ジョセフ・スミスは、私たちがお互いを知っていると同じように、これらの人々についてよく知っていたようである。なぜだろうか。それは、時満ちたる神権時代と呼ばれ、古代の神の僕たちがその呼称をもって呼んでいた神権時代が、彼自身の手によって開始されたからである。」(「説教集」21:94)

参考資料

  1. メリル・J・ベイトマン、「天使の季節」(Merrill J. Bateman, “A Season for Angels,” Ensign, Dec 2007, 10–15.)
  2. ブルース・R・マッコンキー、「福音の教義」、(Bruce R. McConkie, Gospel Doctrine, 1966 ed., p. 35.)
  3. 「福音の教義」(Gospel Doctrine, Salt Lake City: Deseret Book Co., 1970, pages 435–36)
  4. 教会聖書辞典(”Bible Dictionary”)
  5. メリル・ベイトマン(Merrill J. Bateman, “A Season for Angels,” Ensign, Dec 2007, 10–15.)
  6. ジェームズ・E・ファウスト、「王国の神権者」、リアホナ、2006年5月号、50-53
  7. インプルーブメント・エラ(The Improvement Era, April 1944, page 225.)
  8. インスティチュート旧約聖書生徒用資料、列王記上からマラキp. 344.
  9. 「神殿奉仕者の団体参入」("The Temple Workers' Excursion," Young Women's Journal, August 1894, pp. 512 – 513)
  10. ボイド・K・パッカー、「聖霊の賜物」、リアホナ、2006年8月号、18-24
  11. ジェーム・E・ファウスト、「王国の神権者」、リアホナ、2006年5月号、50-53
  12. ロバート・L・ベックマン、「イスラエルの希望」(Robert L. Backman, “The Hope of Israel,” New Era, May 2001, 45.)
  13. ダリン・H/オークス、「アロン神権と聖餐」、リアホナ、1999年1月号、41
  14. ウィルフォード・ウッドラフ、1889年から18989年の間、教会の大管長、預言者を務める。「歴代大管長の教え:ウィルフォード・ウッドラフ」、16-17)

外部リンク