天での戦い

出典: MormonWiki

天での戦いは、前世で神の霊の子たちの中で起こった争いです。黙示録には次のように書かれています。

「その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地に投げ落した。龍は子を産もうとしている女の前に立ち、生れたなら、その子を食い尽そうとかまえていた。
さて、天では戦いが起った。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使たちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。」(黙示録12: 4, 7-9)

こうしてルシフェルは、彼に従う三分の一の天の衆群を率いて天使長ミカエル(地上で最初の人アダムとなる)と戦った後、地に落とされました。

目次

天での戦いの経過

天上の会議

天上の会議の広範な特徴を見ると、それが進行中であったことが分かります。また会議という用語から、それが一回限りの集まりではなく、一つの機構であったことも分かります(アブラハム書4:26参照)。言い換えると、天上の会議は、一回の出来事、または個人の集まった一つのグループが互いに協議することだといえます。

ルシフェルはこの天上の会議の参加者でした。彼は天から落とされる前は、「暁の子」と呼ばれ、神の御前で権威ある者であったことが分かります。(教義と聖約29:36-37参照。)

参加者の賛意を示すため天上の会議救いの計画が発表され、神は神の子らが地上での経験を終えて神の元へ帰ってくることを可能にする誰かが必要であると説明されました。そして、すべての神の子らは地上に滞在する間に罪を犯すこと、またアダムの予測されていた堕落のために、肉体の死霊の死の両方に及び、堕落から神の子らが贖われる必要がありました。

神の「初めからの計画は」エホバ(キリスト)に頼ることでした。しかし、神はある時点で、誰が地上に送られるかに関して、神の霊の子らから同意を得ることを求められました。そこでルシフェルは神の初めの計画とは異なる計画を申し出ました。その計画の中で、彼は自分がこの地上でエホバに取って代わり、「一人も失われないよう」にすることを約束しました。ルシフェルの計画は表面上は潔白で魅力的でも、彼がこの約束を果たす唯一の方法は、すべての戒めに従い、彼を贖い主として受け入れることをすべての人々を強制することでした。

神の子たちをこれらの選択肢の一つを選ぶ為に「強制力」で従わせることは、人の選択の自由を脅かすことでした。事実は、ルシフェルが「主なる神…が与えた、人の選択の自由を損なおう」としたことで、彼はその換わりに神の「誉れ」或いは「力」を要求したことです(モーセ書4:3及び教義と聖約29:36-38参照)。その結果、「神の前で権威」(教義と聖約76:25)をルシフェルは、地に落とされ、無くしてしまいました。

特筆すべき点は、ルシフェルの計画に対するエホバの対応は、「父よ、あなたの御心が行なわれ、栄光はとこしえにあなたのものでありますように」と神の御心を行なうことでした(モーセ書モーセ書4:2)。

戦い

神がエホバを選んだ時、ルシフェルは「怒り」、「その第一の位を守らなかった」。ルシフェルが天上の会議を去ると、「その日、多くの者が彼に従った。」とアブラハム書27-28に書かれています。天上の会議からの怒りの退会の後、ルシフェルは地に落ち、神の独り子、エホバに対して謀反を起こし、こうして天での戦いが始まりました。(モーセ4:1-4、教義と聖約76:25–28、イザヤ14:12–14を参照)

ルシフェルが天の衆群の三分の一を引き連れていく一方で、地上で最初の人アダムとなった天使長ミカエルは、ルシフェルに反対した者たちを導きました。この戦いの方法についての詳細は、最後にルシフェルに終焉が来ることを預言している黙示録12:11の記述、「兄弟たちは、小羊の血と彼らのあかしの言葉とによって、彼にうち勝ち、死に至るまでもそのいのちを惜しまなかった。」としか知られていません。この場合においての証とは、おそらく、「自分の知識や信念に基づいて厳粛に真理を宣言すること」という定義が適切な意味を示していると思われます(「聖句ガイド項目リスト」の「証」を参照)。

これは、地上に来た人々が神と共に住むために戻ることが可能となるには、子羊(イエス・キリスト)の血で贖われることで十分だと宣言することで、キリストの贖罪意外に人を救いに導く道がないことを宣言することです。そしてそうすることは、ルシフェルが克服されたことを意味しています。つまりこの「戦い」は、人が地上に来てエホバに対する信仰を持ち、またエホバが地上で完全な生活をし、贖い主となるために必要な全ての事柄を行なうというそれぞれの選択の自由を使って、この世で神の御心に従うかどうかの選びにおいて戦いが展開していると結論づけられます。

ルシフェルと彼に従う者たちの追放

一旦ミカエルと彼に従う者たちが天上の戦いでルシフェルを克服すると、ルシフェルは「地上に投げつけ」られ、「投げ落とさ」れ(黙示録12:4,7-9)、「神は、罪を犯した御使たちを許しておかないで、彼らを下界におとしいれ、さばきの時まで暗やみの穴に閉じ込めておかれた。」と2ペテロ2:4に書かれているように、ルシフェルに従ったものも下界に投げ落とされました。これはルシフェルと彼に従った者の追放が地球の創造に続いて起こりましたが、明らかにミカエルがエデンの園に置かれる前に起こったことを示しています。(アダムが天使長ミカエルであったことは、教義と聖約107:54に「すると、主が彼らに現れた。彼らは立ち上がってアダムを褒め称え、彼をミカエル、君、天使長と呼んだ。」と啓示されています。)

興味深いことに、ルシフェルは追放されるまでサタンという名称を得なかったことが明らかです。これは預言者ジョセフ・スミスに与えられた啓示から明確です。

「そして、彼はサタン、すなわち、あらゆる偽りの父である悪魔となって、人々を欺き、惑わし、またまことに、わたしの声を聴こうとしていすべての者を自分の意のままにとりこにする者となった。」(モーセ書4:4)

ミカエルと彼に従う者

第一の位」(前世)を保ったすべての人々は、「付け加えられる」こと(死ぬべき肉体を受けることを含む)が約束されました。第二の位を保つ者は、「とこしえに栄光をその頭に付け加えられる」ことになります。(アブラハム3:26)

現在の戦い

末日聖徒の聖書辞典(英文)には次の通りさらに説明しています。:

「戦いは、死ぬべき状態の現世においても、福音原則と偽りの原則といった善悪の対立として引き続いて行なわれている。同じ対立者たちが同じ問題で戦いを行なっており、同じ救いがこれにかかっている。」
「三分の一の霊が悪魔となっても、残りの三分の二のすべての者が、対等に雄々しかったわけではなく、彼らはキリストと父なる神に対するあらゆる度合いの信仰を表した。最も勤勉だった者たちは、王国の統治者として選ばれた(アブラハム3:22-23参照)。しかし、この対立の特色は、当時も現在においても、中立という立場がないことだ。
「わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。」(マタイ12:30)
「見よ、教会は二つしかない。一つは神の子羊の教会であり、もう一つは悪魔の教会である。したがって、神お子羊の教会に属していない者はだれでも、忌まわしい行いの母であるあの大きな教会に属する者である。」(1ニーファイ14:10)
「良い羊飼いはあなたがたを呼んでおられる。しかも御自分の御名、すなわちキリストの御名によってあなた方を呼んでおられる。もしあなたがたがその良い羊飼いの声を、将来その名によってあなたがたが呼ばれるその御名を聴こうとしないならば、見よ、あなたがたはその良い羊飼いのひつじではない。…悪魔があなたがたの羊飼いであり、あなたがたは悪魔の羊の群れに属している。…善いものはなんであろうと神から出、悪いものは何であろうと悪魔から出るからである。」(アルマ5:38-40)