変貌

出典: MormonWiki

「変貌は、人にもたらされた外見や(肉体の)性質における特別な変化のことを指している。この神聖な変貌は、低い状態からより高い状態に変わることで、さらに高貴で、印象的、そして栄光のある状態に変えられること。」(ブルース・R・マッコンキー、「モルモンの教義」、803)。これは天におられる御方の臨在や栄光に堪えられるように一時的に変えられる状態を含み、霊的に高い水準に変えられた状態です。

「変貌(Transfiguration)とは、短期の間の“霊的に高められた状態“或いは神の御前に肉体的に臨在して霊的な事柄を見ることができるように低い状態から高い状態へ聖霊の力によって体が霊的な変化をすること。…これに対して、身を変えられる(Translation)は、、愛弟子ヨハネや三人のニーファイ人のように(3ニーファイ28:9)特別な使命を果たす為に、特別な期間、人が死を克服する力を受けた長期間の体の変化。」(Brent L. Top寄稿、主編Dennis L. Largey,, “Book of Mormon Reference Companion”, 758より抜粋)

「死すべき人間の変貌(Transfiguration)は、一時的な肉体的、霊的変化からなっており、神の栄光を目にすることだけでなく、神の御前に入ることも可能にする。モーセが体験したような顔が光を放って輝くこと(モーセ1:1、出エジプト34:29-35)や、神の力に包まれること(MD,p725)などが特徴。超絶的な栄光のお方であるから、いかなる男女も肉体が霊的に高められなければ、神の御前に入ることはできない。預言者ジョセフ・スミスは、神は“永遠の炎”の中に住んでおられ、すべての朽ちる肉体を持っている者は、火で消滅してしまうから血肉を持つ体はそこに行くことができない。(預言者ジョセフ・スミスの教え、p.367、ヘブル12:29、申命記4:24)変貌は、人間の体を神の体と同じような状態に一時的に授け、神と顔と顔を合わせて見ることを可能にする。」(Encyclopedia of Mormonismより抜粋)

目次

変貌の例

聖書の時代

モーセ

モーセはそのあかしの板二枚を手にして、シナイ山から下ったが、その山を下ったとき、モーセは、さきに主と語ったゆえに、顔の皮が光を放っているのを知らなかった。アロンとイスラエルの人々とがみな、モーセを見ると、彼の顔の皮が光を放っていたので、彼らは恐れてこれに近づかなかった。」(出エジプト34:29-30)このときモーセは、人々がモーセの言う言葉が十分聞こえるほどそばに来られるように、顔に覆いを掛けなければなりませんでした。人々はなぜモーセの顔が光り輝いているのか理解できなかったために、恐れを抱きました。この変貌の出来事は、当時この民にとって、当たり前のことではなかったことが分かります。

パウロ

パウロは書簡では、自分自身のことを第三者として述べることで知られています。彼は自分自身の変貌について次のように書きました。「わたしは誇らざるを得ないので、無益ではあろうが、主のまぼろしと啓示とについて語ろう。わたしは、キリストに結ばれていた一人の人を知っていますが、その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。」(2コリント12:1-2)。

イエス

イエスは、彼の使徒の前で身を変えられ、使徒たちははなはだ感動しました。「六日ののち、イエスはペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった。」(マタイ17:1-2)。モーセとエリヤがイエスに現れたとき、「彼がまだ話し終えないうちに、たちまち、輝く雲が彼らをおおい、そして雲の中から声がした、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」。」(マタイ17:5)という神の声を聞きました。彼らが山を下りたとき、「イエスは、“人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない”と弟子たちに命じられ」ました(マタイ17:9)。

またマルコは、「彼らの目の前でイエスの姿が変」ったと述べ(マルコ9:2)、その様子を次のように記しています「その衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、それほどに白くすることはできないくらいになった。」(マルコ9:3)3節で「布さらし」(欽定訳ではfuller)と示されているのは「さらし職人」(新共同訳聖書)のことで、被服を漂白する職人のことです。

一方、ルカの記述には、「祈っておられる間に、み顔の様が変り、み衣がまばゆいほどに白く輝いた。」(ルカ9:29)とかかれています。さらに他の著者と異なる情報は、この変貌がイエスが祈っておられる間に起こったことです。ルカも他の著者と同じく、死んだ預言者のモーセとエリヤの現われ、雲、声を記録しています。しかし、他人に話してはならないとは書いておらず、ルカは単に「弟子たちは沈黙を守って、自分たちが見たことについては、そのころだれにも話さなかった。」(ルカ9:36)と記録しています。

モーセの変貌に関する末日聖徒の聖典の中の啓示

高価な真珠」モーセ書1:11には、あるときモーセが変貌を経験したことについて書かれています。

「だが今、わたしは自分の目で神を見た。しかし、わたしの肉体の目ではなく、霊の目で見た。肉体の目では見られなかったであろう。神の御前では枯れて死んでしまっていたはずだ。しかし、神の栄光がわたしのうえにあり、わたしは神の御前で変貌したので、神の御顔を見た。」

山上の変貌に関する末日聖徒の聖典の中の啓示

末日聖徒の「聖書辞典」(英文p.786)には、次のように書かれています。

「新約聖書の中の極めて重要な(山上の変貌)の出来事は、ペテロが天の王国の鍵を受けると約束された(マタイ16:13-18、17:1-9)約一週間後に起こった。山上の変貌が起こったのは、イエスの死のおよそ6ヶ月の10月ごろに起こった。弟子たち(ペテロ、ヤコブ、ヨハネ)は栄光化され変貌された状態の主を見た。彼らはまた将来栄光化された状態の地球を示現で見た。(教義と聖約63:20-21m教会歴史1:283)。弟子達は、身を変えられたモーセとエライジャを見て言葉を交わした。またイエスは天父の愛する子、彼の喜ばれる子であり、キリストに聞き従うよう戒める御父の声を聞いた。」

ペテロになさったイエスの約束とは、「わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」ということです(マタイ16章19節)。 ブルース・R・マッコンキー長老は、「まさしくペテロ、ヤコブ、ヨハネは、キリストの前で変貌した時に、キリストと、モーセとエライジャから王国の鍵を受けた。」と書いています(モルモンの教義、英文p.803)。

モルモン書の中の変貌

キリストは、当時のエルサレムの人々に「わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。」(ヨハネ10:16)と説明されました。モルモン書には、アメリカ大陸に導かれたイスラエル人が「他の羊」であることが明らかにされています。すなわちエルサレムから導き出され約束の地に移住した人々のことです。モルモン書に書かれているエルサレムから移住した先祖を持つ3人のニーファイ人が変貌した時の様子が記録されています。

「すると見よ、天が開かれ、三人の者は天に引き上げられて、言い表すことのできない様々なことを見聞きした。
それが体のままであったか、体を離れてであったか、彼らには分からなかった。彼らには、神のものをみることができるように、自分たちがこの肉の体から不死の状態に変えられ、変貌したように思われたからである。」(3ニーファイ28:13,15)

将来起こる変貌

人間

モルモンは、福千年においては、現在私たちが経験しているものとは違ったものであると信じています。教義と聖約63:51には次のように書かれています。「それゆえ、子供たちは高齢になるまで成長し、高齢の人々は死ぬ。しかし、彼らは地の中に眠ることはなく、一瞬のうちに変えられる。」

つまりモルモンは、死すべき状態から不死不滅への変化が、福千年の間、現在の死と取って代わると信じています。

地球

教義と聖約63:20-21には地球の変貌について、次のように述べています。「それは、変貌の日が来る時、台地がまことにわたしの使徒たちに山上で示されたひながたに倣って変貌する時のことである。その出来事についての完全な記録を、あなたがたはまだ受けていない。」

黙示録1:1で黙示者ヨハネが見た新しい地球は、福千年或いはパラダイスの状態に変貌した地球です。福千年の後、地球は再び変貌して、日の栄えの状態になるとモルモンは信じています。この変貌は、キリストに忠実な者が受ける変貌と類似しています。