十二部族
出典: MormonWiki
十二部族は、イスラエルの家の先祖であったヤコブの12人の息子たちから出ています。主は、ヤコブが義人であったので、「イスラエル」という新しい名前を与えられました。ヤコブ(イスラエル)の妻と息子は以下の通りです。:
- レアは、ルーベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルンそして娘デナ
- ビルハは、ダンとナフタリ
- ジルパは、ガドとアセル
- ラケルは、ヨセフとベニヤミン
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生得権
これらの息子の中の何人かは、下記の理由で生得権を放棄しました。
- シメオンとレビが、妹のデナがシケムの王子に貞節を奪われたため、シケムの男たちを殺した。
- ルーベンはビルはと近親相姦を犯した。
13の部族
ヤコブ(イスラエル)は、寵愛していた妻ラケルの長男のヨセフに生得権を与えました(ラケルは、次男ベニヤミンの出産で命を落とした)。こうしてヨセフの息子達は、ヤコブに養子として迎え入れられ、その地位を上げられました。ヨセフの息子はマナセとエフライムでした。生得権はマナセよりふさわしかった弟エフライムに与えられました。しかしエフライムとマナセの両方ともがカナンを受け継ぎました。このため、ヨセフの相続権を二人の息子に分けたので、13部族あります。
受け継ぎの地、カナンで
これらの部族は、エジプトから出国した後、カナンの領土を与えられました。
- レビの末裔は祭司の階級となり、耕地は与えられませんでした。その代わり、レビ人は、町に住みました。
- シメオンの領土は、ベエル・シバの南部砂漠地方で、ユダの領土に囲まれていました。このためシメオンは次第にユダに合併していきました( John A. Tvedtnes, “The ‘Other Tribes’: Which Are They?,” Ensign, Jan 1982, 31参照.)。
- ユダは、部族の中で最も強大になりました。古代イスラエルの最も偉大な統治者は、ユダの家でダビデ王とソロモン王を輩出しました。
- エフライムもまた極めて愛された部族でした。
イスラエルが二つの王国に分離した時、北王国はイスラエル(或いはサマリア)となり、南王国はユダとなりました。
南王国、ユダ王国と北王国のイスラエル王国
南王国のユダ王国は、ユダ、大部分のレビ、ベニヤミン(最小の部族)、そしてシメオンに吸収された人々から構成されていました。 北王国はほとんどがエフライムからなっており、この中にルーベン、イッサカル、ゼブルン、ダン、ナフタリ、ガド、アセル、マナセの「半部族」のうちの二部族から構成されました。部族内で婚姻関係を維持した純血部族だけでなく、異邦人ではない他の部族間と混血した部族もありました。ダビデの血統さえも純血血統では在りませんでした。なぜならだびではボアズの末裔で、ボアズはユダの血統ですが、ルツはモアブの血統でした。
北王国、イスラエル王国とアッシリア捕囚
エフライムの部族は、イスラエル王国の主流で、これはちょうどユダ部族がユダ王国の主流を成していたのと似ています。北王国であるイスラエル王国は、紀元前722年にアッシリアに征服されました。そして多くの部族が殺戮にあいました。生き残った部族はアッシリア人の捕囚となり、ほとんどがアッシリア社会に吸収されたか、散乱してしまいました。
北の十部族
これらの人々は続く何年もの間移住して行き、ヨーロッパやアジア、またアメリカ大陸に散乱しました。アッシリア捕囚で連れ去られた人々の一部は、束縛の原因となった罪を悔い改め、人が一度も住んだことのない土地へ導かれ、現在はその行方は不明です。このため、「失われた10部族」には二つの定義づけがあります。まず第一に、多くの国々や社会の中に「吸収」されていったために、失われたという意味と、第二に、一つの他とは混ざらない集団として、秘密の場所へ導かれていったために、失われた部族となった場合で、彼らはいつか奇跡的に戻って来る(回復される)とされています。
ユダ王国とバビロン捕囚
南王国のユダ王国は、紀元前586年にバビロニアの手に落ち、王国内の王族や高貴で偉大な人々は、バビロンへ連れて行かれました。バビロンがペルシア王国に征服された時、ユダヤ人はエルサレムに帰還することを許されましたが、すべてのユダヤ人が帰還したわけではありませんでした。バビロンはユダヤ人の学者の強大な中心地となり、ユダヤ人の帰還後も学術の中心地でした。明らかにユダ王国の国民もどこかへ散乱していったことは間違いありません。エジプトのアレキサンドリアの町で、ユダヤ人口が繁栄しました。
ローマ皇帝タイタスの征服とユダヤ人
さらに紀元70年、ローマ皇帝タイタス(テトス40?-81AD?)がユダヤを征服した時、ユダヤ人の散乱がありました。この時エルサレムは破壊され、ユダヤ人は国外追放となり、小グループで多くの場所へ移住して行きました。しかし、1800年代、ユダヤ人は聖地エルサレムに再び集合しはじめ、特に第二次世界大戦後とホロコーストの後、動きが顕著になりました。
最後の神権時代のイスラエルの集合
最後の神権時代は、イスラエルの集合の時です。イスラエルの集合には二つの意味があり、実質的集合(文字通りユダヤ人がイスラエル王国に集合すること)、霊的集合(ヤコブの末裔が回復された教会に改宗すること)です。モルモンは祝福師の祝福を受け、イスラエル部族の血統の宣言を受けます。
