什分の一
出典: MormonWiki
「什分の一」は文字通り、10分の1すなわち一割を意味していますが、神に捧げる什分の一に頻繁に関係している。聖書の中で什分の一を主に捧げることが戒められたように、アブラハム、ヤコブや他の古代の預言者も什分の一を捧げた(レビ記27:32参照)。末日聖徒イエス・キリスト教会の会員もまた、年収の十分の一を支払っている。
ジョセフ・スミスを通して与えられた啓示の中で、主は適切な捧げ方について教えられました。:
- 「その後、このように什分の一を納めた者は、毎年彼らの得る全利益の十分の一をおさめるのである。そして、これはわたしの聖なる神権のために、とこしえに彼らにとっての永続的な律法となる、と主は言う。」(教義と聖約119:4)
末日聖徒は、什分の一はすでに神のものであるうちの些細な部分のみを捧げることであると考えています。つまり人が所有しているすべてのものは主のものあり、主がわたしたちにその10分の1だけを主にお返しするように言われていることは、それ程大きなことを頼まれているわけではないと考えているのです。また正しい心構えで什分の一を支払うことは、神と神が与えたもうたすべてに愛を示す方法でもあります。
什分の一を支払うことによって与えられる霊的および物質的祝福は、幾つかの聖句に示されており、また正直に什分の一を捧げないことは、ある意味で盗みであると聖典に書かれています(マラキ書3:8-12、教義と聖約64:23-25、85:3参照)。マラキ書3:10には次のように書かれています。:
- 「わたしの宮に食物のあるように、十分の一全部をわたしの倉に携えてきなさい。これをもってわたしを試み、わたしが天の窓を開いて、あふるる恵みを、あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、万軍の主は言われる。」
上記の聖句で明らかなように、自ら進んで正直な什分の一を捧げる人に主は祝福を約束されています。「J.ルーベン・クラーク・ジュニア長老は、繰り返し主は忠実に什分の一と献金を捧げる人が生活に必要なものを欠くようになることはなさらないと言われました。」(マリオンG・ロムニー、「正直な什分の一の祝福」ニューエラ1982年1-2月号、45)
また忠実に什分の一を捧げる人には霊的な祝福もあります。「什分の一の支払いが少しも金銭に関わっているものでないことは、教会の中ではほとんど知られていない。」(A・セオドア・タトル、大会報告、1970年4月、86)
什分の一は教会を維持建設に役立てられます。地域教会の指導者であるビショップに什分の一が捧げられた後、教会本部へ送られます。そして他から集められた什分の一と合わせ、神殿、教会堂、その他の教会設備の建設維持のために分配されます。また書籍や福音の教育資料の印刷物にも使われます。さらに末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師と家族歴史の事業を支援するために使われます。
什分の一の律法[1]
