主の聖餐
出典: MormonWiki
主の聖餐
主の聖餐とはキリストの贖いの犠牲を記念してパンと水をいただく儀式を言います。割かれたパンは主の裂かれた肉を、水は私たちの罪を贖うために流された血を象徴しています(1コリント11:23-25、教義と聖約27:2)。教会員が聖餐をふさわしい状態で受けるときには、すなわち罪を悔い改めて受けるならば、キリストの名を身に受け、主を常に忘れず、戒めを守ることを約束します。教会員はこの儀式を通してバプテスマの誓約を新たにします。
聖餐にあずかることは、イエス・キリスト が地上で教導の業を行っておられるときに主の教会で行なう儀式の一つとして始められたものです。マタイ26:26-28には、キリストがどのようにこの最初の聖餐式を行なわれたかが、次のように記されています。:
- 「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、『取って食べよ、これはわたしのからだである』。また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、『みな、この杯から飲め。これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。』」
末日聖徒イエス・キリスト教会ではキリストとキリストがくださった賜物を覚える方法としてこの同じ儀式を今も続けて行っています。
聖餐式は教会員にとって安息日の礼拝の最も重要な部分となっています。それは救い主 に思いを集中し、その戒めに従って生活する努力を更新する時なのです。 毎週教会員が安息日の礼拝に集うとき、この集会で最初に行うのは聖餐にあずかることです。この集会は一般に聖餐会と呼ばれ、教会員による福音を主題にした話などが含まれます。
聖餐の祈り
聖餐式は神権者が執行します。通常は 執事 と 教師 が聖餐を配り、祭司 が聖餐を祝福します。しかし、それよりも高い神権を持っている男子会員であれば、これらの儀式を執行することができます。たとえば、メルキゼデク神権 保持者は聖餐を祝福することができますが、執事や教師はそれができません。より低い神権しか持っていないからです。
儀式を執行する祭司はひざまずき、啓示によって与えられた祈りの言葉を使って、まず最初にパンを、次に水を祝福します。この祈りの言葉は教義と聖約20章、77から79節に次のように書かれています。
| パンの祝福 | 水の祝福 (ぶどう酒) |
| 永遠の父なる神よ、わたしたちは御子イエス・キリストの御名によってあなたに願い求めます。このパンを頂くすべての人々が、御子の体の記念にこれを頂けるように、また、進んで御子の御名を受け、いつも御子を覚え、御子が与えてくださった戒めを守ることを、永遠の父なる神よ、あなたに証明して、いつも御子の御霊を受けられるように、このパンを祝福し、聖めてください。アーメン。 | 永遠の父なる神よ、わたしたちは御子イエス・キリストの御名によってあなたに願い求めます。この水(ぶどう酒)を頂くすべての人々が、この人々のために流された御子の血の記念にこれを頂けるように、また、いつも御子を覚えていることを、永遠の父なる神よ、あなたに証明して、いつも御子の御霊を受けられるように、この水(ぶどう酒)を祝福し、聖めてください。アーメン。 |
この祈りとバプテスマの祝福の言葉は、一字一句正確に言わなければならない祈りです。後に預言者ジョセフ・スミスに与えられた啓示の中で、主は神の栄光にひたすら目を向けて儀式を執行するならば、どんな食物や飲み物を使ってもよいと明らかにされました。(教義と聖約27章参照) ぶどう酒は自家製のものであれば使用してもよいことになっていますが、聖餐式には現在使われていません。従って最初の祝福の「ぶどう酒」という言葉が現在使われている「水」という言葉に変更されています。
