レーマン人
出典: MormonWiki
レーマン人は、モルモン書に使われている用語で、元来はリーハイ(紀元前約600年頃に神がエルサレムから約束の地、アメリカ大陸に導き出された預言者)の長男レーマンと彼に従った者の末裔を指して言う場合とイエス・キリストを拒み、その福音に従った生活をせず邪悪な行いにふけった人々を指す言葉です。
モーサヤ書10:11-17には、レーマン人の始祖レーマンは、ニーファイ人の始祖ニーファイ(レーマンの弟でリーハイの死後、預言者に召された)に不正に扱われたと主張したため、レーマン人は代々ニーファイ人に敵意を抱いてきました。これらの二つのグループはしばしば長期間にわたる戦争と抗争を繰り返しました。事実、モルモン書の大部分を占めるアルマ書は、ほとんどがこの両民族間に起こった戦争についての説明に紙面が割かれています。
モルモン書全体を通じて、文字通りのレーマン人の末裔は、イエス・キリストの福音を受け入れ、義しい行いをするようになりニーファイ人に加わりました。また福音から離れて行った多くのニーファイ人は邪悪な行いを始めるようになり、レーマン人に加わりました。民族集団を成す多くの人々の中でこのようなことがしばしば起こったため、先祖の血統の区別をするよりも最終的にはむしろ二つの文化的、宗教的特徴を区別する用語として使われるようになり、神の律法に従って生活する集団をニーファイ人、イエス・キリストを否定し、神の律法に従わず邪悪な生活をする民族をレーマン人と呼びました。
- 「さて、レーマン人でない民はニーファイ人であったが、民はそれぞれニーファイ人、ヤコブ人、ヨセフ人、ゾーラム人、レーマン人、レムエル人、イシマエル人と呼ばれた。
- しかし、わたしヤコブは、今後このような名で民を区別しない。ニーファイの民を滅ぼそうとする者をレーマン人と呼び、ニーファイに好意を持っている者をニーファイ人、すなわち、王たちの統治に従ってニーファイの民と呼ぶ。」(ヤコブ1:13-14)
復活されたイエス・キリストがアメリカ大陸に訪れた後の短い期間(およそ紀元34年から230年:3ニーファイ11章を参照)、すべての人々がキリストを信じ義しい生活をしたため、レーマン人とニーファイ人の区別は使われませんでした。モルモン書には次のように記録されています。
- 「そして民の心の中に宿っている神の愛のために、地の面にはまったく争いがなかった。:また、ねたみや紛争、騒動、みだらな行い、偽り、殺人もなく、どのような好色もなく、神の手によって造られたすべての人の中で、彼ら以上に幸せな民は確かにあり得なかった。
- 強盗も人殺しもおらず、レーマン人とか何々人とか言われる者のなく、彼らは一つであり、キリストの子であり、神の王国を受け継ぐ者であった。
- このように、かれらはなんと祝福されていたことか。主が彼らの行なうすべてのことについて彼らを祝福されたからである。第百十年が過ぎ去るまで、彼らは祝福されて栄えた。そして、キリストから最初の世代の人々が世を去ったが、全地に少しも争いがなかった。」(4ニーファイ1:15-18)
このような平和な時期が過ぎた後、再び区別が現れたことも記録にあります。
- 「…ただ教会から背いて、自らレーマン人と名乗った者たちが少数いただけである。このために再びこの地にレーマン人が存在することになった。」(4ニーファイ1:20)
真実イエス・キリストに信仰を持つ人々は、自分たちをニーファイ人と呼ぶようになりました。ニーファイ人も含め多くの人々はやがて邪悪な生活をし始め、紀元400年頃までには数知れない戦争が起こり、ニーファイ人はレーマン人によって全滅してしまいました。
さらに詳しい資料 モルモン書をお読みください。また英文ウィキペディアも参照Lamanites
