ヨハネによる福音書

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使徒ヨハネは、愛弟子と呼ばれ、主イエスに愛された使徒で、四福音書の一つの著者です。福音とは、「良い知らせ」という意味です。ヨハネの出来事は、マタイ、マルコ及びルカが省いた題材の92%を含んでいるので、特に価値があります(英文LDS聖書辞典683)。キリストのガリラヤでの伝道中の偉大な出来事に加え、ヨハネはキリストのユダヤでの伝道を含んでいます。この他の重要な違いの一つは、ヨハネが対象にした読者です。マタイはユダヤ人に向けて、マルコはローマ人と異邦人に、そしてルカはギリシャ人を対象にして福音書を書きました。一方、ヨハネは、すでに改宗し、基本的な情報に精通している教会員に向けて書いています。ですから、深い教義とさらに特定の詳細を備えた内容で、教会員読者の知識を拡大し豊かにさせることができます。この意味では、末日聖徒にとっては大きな利益があります。またキリストが神の御子であることと救いの計画について述べるとき、ヨハネの使っている言葉遣いは、その用語、表現法、出来事の提示の仕方などにおいて、他とは極めて異なっています。(英文LDS聖書辞典683)。ヨハネ20章31節で、ヨハネは、イエスがキリスト(メシヤ)であり、神の御子であると証しています。彼が書くことを選択したあらゆる内容は、あたかも法廷で争論しているかのように、彼の観点を支えています。:

「しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。」(ヨハネ20:31)


目次

独特な内容

ヨハネの福音書は、キリストが前世で神の御子、創造主として存在しておられたことを示しています。これに続いて、父なる神の独り子として地上にお生まれになったことを論じ、次にヨハネはイエスが人類に教えを宣べ伝えられた経過を記録しています。またヨハネは、特に選んだ奇跡や訓戒、キリストが神であるという真理を強調しています。ヨハネは裁判事例を扱うかのように、普通の人のみならず、預言者たちやキリストご自身をも証人として取り入れています。


他の福音書を書いた使徒たちが扱わなかった幾つかの奇跡や訓戒には、キリストが水をぶどう酒に変えた奇跡、ニコデモの訪問、井戸端のサマリヤの女、命のパンの訓話、ラザロを死から蘇らせた奇跡、使徒の足を洗われたこと、聖霊についての訓話、ヨハネが地上に生き長らえることの約束などが含まれます。ヨハネが生き長らえることについての題材が他の福音書に書かれていない理由は、恐らく、他の使徒たちはその出来事を知らされていなかったためです。

ヨハネは、彼の宣言している内容を明確にするために、二つの事柄を対照して述べる法を用いました。彼は頻繁に闇と光、真実と誤り、善と悪、神と悪魔に言及しています。対照法は、ヘブル文学では一般に駆使される解説技法で、イザヤや詩篇の著者が用いています。これは、福音の計画の全体の意味について考えると、なぜこの技法を用いたのかがよく理解できます。この世の初めから、アダムとエバは、二つの相反する(対照的)要素、すなわち善悪の選択に関わっています。末日聖徒は、反対と対立の概念を鋭いまでに認識しています。それは、「すべてのことには反対がある」という原則を信じているからです(2フィーファイ2:11,15参照)。

ジョセフ・スミス訳

啓示を通してジョセフ・スミスに、ヨハネの記録の失われた部分が教えられました。特にヨハネ1:1-34; 4:1-4; 6:44; 及び 13: 8-10がこれに該当します。これらの簡単な聖文の回復がヨハネの意図した聖典の意味を明解にしています。

ジョセフ・スミス訳聖書(英文)を参照


第一章は、(前世からイエスのバプテスマまでの)長い時間を扱っており、聖典から失われた部分が長いため、おのずとジョセフ・スミス訳も長大になっています。ジョセフ・スミス訳全体が、キリストの偉大さと徳を明解にしています。

第四章で聖書に回復された内容は、ユダヤ人がイエスを殺そうとした理由を明らかにしています。それは、ユダヤ人は、イエスでなく、バプテスマのヨハネを信じていたためと、イエスはバプテスマのヨハネよりも多くの人々にバプテスマを施していたと考えていたからです(しかし、事実はそうではなく、バプテスマを施すことはほとんどイエスの弟子たちに任されていました)

第六章は、天の父なる神のみこころに従う人々は、キリストを受け、その結果として、キリストが彼らを末日に上げられることを明示しています。

第十三章では、律法全部に従う為に、頭、手、及び足を洗うというユダヤ人の習慣の一部として、キリストがペテロの足を洗われたことを解説しています。

末日聖徒にとってのヨハネの福音書の価値

末日聖徒は、ヨハネの福音書を読むときに、キリストに対する深く純粋な愛を覚えます。ヨハネの福音書をしばしば読み、「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)に書かれている約束を金言として生活するよう心がけています。

外部リンク