ユタ
出典: MormonWiki
「ユタ」という名前は「山々の人々」を意味するアメリカ・インディアン語に由来します。ユタは雪を頂いた山々から水の豊かな川谷、そしてごつごつと石だらけの砂漠まで、非常に地質的に多様な土地として知られています。浸食と気候によって、ユタの地形にはさまざまな地質構造があらわになり、地質学者や観光客にとってもすばらしい光景を呈しています。20億年にわたって堆積された岩、丘や山、峡谷や谷などが変化に富んだ風景を生み出しています。ロッキー山脈の山々の頂上は4,000メートルの高さにそびえ、15,000年前ユタの殆ど全体を覆っていたボンネビル湖は、山の背に貝殻を、ボンネビル砂漠には塩類平原を残しました。考古学者は大量の化石、恐竜の骨や足跡を発見しています。
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ユタの資源
ユタの資源としては、500種類以上の鉱物を挙げることができます。ビンガム・キャニオン鉱山は、世界最大級の銅山です。トパーズ山に近い鉱山では世界のベリリウムの殆どを産出しています。中央および東部ユタでは、石炭、天然ガス、オイルシェール、オイルサンド、ウラニウムなどが産出されます。また塩やリン酸塩も豊富に埋蔵されています。建設資材やセメントの材料となる砂利、砂、石灰岩なども豊富にあります。ユタの粉雪は最も収益の高い資源です。山々のスキー場は、州の大きな観光資源となっています。
インディアンの歴史
ユタのインディアンは多彩な歴史をたどってきました。紀元前10,000年から紀元後400年までの間、ユタでは半遊牧、狩猟採集民が住んでいた砂漠での古代文化が栄えていました。その後、フリーモント文化は西洋カボチャ、トウモロコシ、豆などの栽培を取り入れました。フリーモント・インディアンは粘土で装飾用の彫刻をしたり、巧妙な陶器やバスケットを創り出しました。 紀元400年以後、アナサジ・インディアンが南からユタのグレートベイスンへ移り住んできて、石造りの団地アパートのような住居を建て、野菜を栽培しました。紀元1300年頃、アナサジ族はグレートベイスンを離れました。紀元1000年頃には、ヌーミック人は北部ショショーニ、西部ショショーニ、南部パイユート(またはゴーシュート)、ユート族の4つの主要グループに分かれていました。これらの人々はユト・アズテク族(ユト・アズテク語とユダヤセム語との間には類似点がある)でした。1700年頃には、ナバホ族 がこのに移り住みました。ユタにモルモンが移住してきた頃(1847年)には、約2万人のインディアンがユタに住んでいました。モルモンの入植がソルトレークバレーから南のユタバレーにまで広がって行くまでは、事態は比較的穏やかでした。しかしやがて、先住民であったインディアンと開拓者との間に問題が起こり始めました。食料が不足して難儀していたインディアンが、開拓者集落を襲撃して食料を奪っていくこともありました。1861年、アブラハム・リンカーン大統領は、ユインタバレー・インディアン保留地を設立しました。インディアンと連邦政府は、何年にわたって危険で難しい関係にありました。1881年、コロラド州のインディアンはユタのインディアン保留地に移住しました。現在、ユタのインディアン人口は2万人を割っていて、その多くは都市部の人口の中に住んでいます。
入植
最初のモルモン開拓者たちは、1847年にブリガム・ヤングと共にユタに到着し、グレート・ソルトレーク・バレーに定着しました。それからの10年間、ワサッチフロント(南北に連なるロッキーのワサッチ山脈西側沿いに点在するバレー)に沿って、新しい定住地への入植が続きました。教会の指導者の指示の下にできた定住地もありましたが、多くは個人によって開かれたものです。海外でモルモン教会への改宗者が増えるにつれて、ヨーロッパからの移民がユタへ到着し始めました。自給自足を大いに奨励し、鉱業や農業への個人起業によって、地域の経済は発展しました。1859年には石炭が発見されました。1869年5月10日、大陸横断鉄道が完成し、プロモントリー・ポイントにおいてゴールデン・スパイク開通式(西からと東からの2つの鉄道路線の接合)が行われました。入植事業に大いにメリットをもたらしたのは、オグデンからソルトレークシティーまでの支線の建設でした。1870年代には、少し人口過剰気味という問題が起ったほどでした。
ユタの人口
ユタは1896年1月4日、アメリカ合衆国の45番目の州に昇格しました。1900年になると、 末日聖徒イエス・キリスト教会は会員たちにユタへ集合するようにという呼びかけをやめ、それぞれの母国で聖徒のユニットを築き上げるようにと勧めました。それ以来、移民と入植は下火になりました。しかし、教会員たちの出産率が高いことと、ユタでの好ましい生活環境のために、州の人口は増加を続けています。ユタ州セントジョージは2000-2005年にかけて、アメリカ国内で人口が最も急速に増加した都市、またユタ州は2006年には、6番名に最も急速に人口が増加している州とされました。
「Utahns(ユターン)」と呼ばれるユタ州民約250万人のうちの88パーセントは、ソルトレークシティーを中心とするワサッチフロントとして知られている都市地域に集中して生活しています。一方、州の広大な地域には殆ど誰も住んでいないために、ユタは全国で6番目の都会社会となっています。また、ユタはその州民の72パーセントが末日聖徒イエス・キリスト教会の会員だとされていることによって、合衆国内で最も単一宗教を信じている人口だとされています。2006年末現在、ユタの518のステーク、4,231のワード、そして349の支部.に1,789,707名の会員がいます。また5つの伝道部そして地方部が1つあります。.
ユタ州は野外レクリエーションの主要観光地であるとともに、交通、情報技術および研究、政府サービス、鉱業の中心地でもあります。「勤勉」という州のモットーでもわかるように、ユタには「やりくり上手」と「勤勉」という長い伝統があります。
