モーセ
出典: MormonWiki
モーセは、イスラエルの子らをエジプトの奴隷の境涯から導き出した主の預言者です。モーセを通して、従順、悔い改め、犠牲を強調する「肉の戒めの律法」(ヘブル7:16、教義と聖約84:27)が与えられました。モーセの人生と使命についての大体の説明は、旧約聖書の出エジプト記に書かれています。またモーセに関するさらに詳しい情報は、新約聖書、モルモン書、教義と聖約、高価な真珠の中のモーセ書といった聖典にも書かれています。
ユダヤ教徒は、モーセをユダヤ人の道徳と信条の基本であるモーセの律法の法律制定者として尊敬しています。またイスラム教徒もモーセを尊敬しており、モーセの使命はコーランにも明瞭に書かれています。さらにキリスト教徒もモーセを預言者、立法者として敬っていますが、多くのクリスチャンは、モーセの律法は古い時代の復讐の律法、キリストによって廃されたと誤って理解しています(モーセの律法参照)。末日聖徒イエス・キリスト教会の会員は、啓示を通して明らかにされ、「高価な真珠」に書かれているモーセについての情報を持っており、それには彼が預言者、聖見者、啓示者としての偉大さが記録されています。
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モーセとは誰か?
カナンでの飢饉を避けてヤコブ(イスラエル)とエジプトに移住した人々は70人でした。エジプトでヤコブの家は、土地を与えられ、ラケルによって生まれたヤコブの子であり、パロに次ぐ強大な権威を持っていたヨセフを通して生計を維持しました。年が経過するにつれ、イスラエル人の人口は増大して行きました。やがて「ヨセフのことを知らない」新しいパラオになると、エジプト人はイスラエル人がエジプトの敵と同盟を組んで反抗するのではないかと恐れ始めました。こうして恐らくその時のパロであったホレムヘッブ(Horemheb)は、「イスラエル人に生まれたすべての男児の赤子を殺戮してしまえ」という勅令を発布するに至るまでのイスラエル人圧迫体制に乗り出し、イスラエル人を奴隷にしました。:
- 「そこでパロはそのすべての民に命じて言った、「ヘブルびとに男の子が生れたならば、みなナイル川に投げこめ。しかし女の子はみな生かしておけ」。」 (出エジプト1:22).
自分の命を危険にさらして、ヘブル人の助産婦たちは子供たちの命を救い、大胆なイスラエル人の両親たちは、エジプト人の手から乳児を隠すことができました。このようにレビ人のアムラムとその妻ヨケベドは男児の赤子を救おうとしました。彼らには既に、勅命が出る前に生まれたミリアムとアロンという二人の子供たちがありました。しかし、三番目の息子は3ヶ月経つまで隠していたのですが、それ以上隠すことが無理になってきました。ヨッチェブドは、小さな箱舟を作りこの赤子をナイル川の浅瀬に流しました。ミリアムは川岸に沿って、その小船の行方を追いました。子供を中に乗せた小さな箱船は、パロの娘が発見し、自分の子供として養子にし、この子を「モーセ」と名づけました。それはヘブル語で「~から引き上げる」、或いはエジプト語で「息子」と言う意味があります。ミリアムは現場近くにいて、ヨッチェブドがその赤子の乳母によいと推薦しました。そしてパロの娘はその考えを受け入れました。
表面的に聖書を読む人々は、その物語を額面通り受け入れますが、なぜヘブル人を人間のくずのように考えているエジプト人の宮廷人が、ヘブル人の子供を受け入れるのだろうと、古代の作者さえもが不思議に思う疑問は隠せません。
コーランでは、パロの娘は「らい病」(ハンセン病)を患っており、光輝くこの赤子を見た瞬間、すぐに癒されたと説明されており、パロとモーセ(アラビア語ではムーサ“Musa”)の関係はしっくりしなかったとも書いています。
別の資料では、「パロの娘」はセム族(ユダヤ人)のパロでその名はアクハナテン(Akhenaten)で一神教を信奉していた「異端者」と呼んでいたことを推論しています。彼女は、その血統のゆえに赤子を受け入れる気になり、もし彼女が不妊の女であれば、自分の子供として装ったことさえ考えられるのです。事実は、モーセは、何らかの方法で、エジプト人の王子としてエジプトの宮廷で育てられたということです。
多くの書物が、モーセは美しい赤子で美男子だったこと、また成人としても目を見張る美男だったと述べています。聖書には、モーセが生まれたとき「麗しい(或いは、かわいかった)」(出エジプト2:2)赤子だったと書かれています。ヘブル語聖書学(Midrashic)の本には、モーセは成人として、「モーセはヤシの木のように、すらりとして、顔は旭のように輝いており、獅子のような力を持っていたので、彼を見たすべての人を惹き付けた。」1と書かれています。
ユダヤ歴史を編纂した最も有名なユダヤ人歴史家で、ローマ市民権を獲得したフレビアス・ヨセファス(Flavius Josephus)は、成人としてのモーセの軍事力と天才的才能で、エチオピアのクシュ族(ハムの子孫)の軍事司令官を征服したと書いています。2新約聖書の使徒、ステファノも「そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。」(使徒行伝7:22)と記録しています。
ステファノは、モーセが40歳の時、「四十歳になった時、モーセは自分の兄弟であるイスラエル人たちのために尽すことを、思い立った。それで、彼らの一人が虐待されているのを見て助け、相手のエジプト人を打ち殺し、ひどい目に遭っていた人のあだを討ったのです。」(使徒行伝7:23, 24)と述べています。このモーセの行為が公になり、パロの怒りを買って殺されることを避けて逃亡したことが知られています。モーセはメディアに逃れ、メディアの王子で祭司のエトロの庇護を受けます。そしてエトロの娘、ジッポラと結婚し、ゲルションとエリエザルの二人の息子をもうけました(歴代志上23:15)。モーセがメルキゼデク神権を受けたのはこのエトロからです。:
- 「そして、聖なる神権によるモーセの息子たち、モーセは彼の州都であるエテロの手の下でそれを受け、
- エテロはカレブの手の下でそれを受け」た。 (教義と聖約84:6, 7).
聖書によると、ミディアンはアブラハムの4番目の息子で、アブラハムの内妻ケトラの子でした。生得権を持つ息子イサクを守るために、アブラハムはケトラによって得た彼の息子たちを東部に住まわせました。それから随分経った出エジプトの時代のミディアン地方は、シナイ砂漠とアラビアに入り死海の南東の土地の一部を含んでいました。アブラハムの神権はこれらの人々の中に何代かの間、継続していたものと思われます。
モーセは、ミディアンの地で40年間羊飼いとして生活しました。神からイスラエルの子らの苦しみから解放するように預言者の召しを受けたときは80歳だった事になります。聖書の記述によると、モーセは燃える芝に遭遇します。:
- 「ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。」(出エジプト3:2)
「高価な真珠」の中の「モーセ書」にも燃える芝の出来事が書かれています。:
- 「神はまた、燃えるしばの中からわたしを呼ばれたとき、わたしに戒めを与えて“わたしの独り子の名によって神に呼び求め、わたしを礼拝しなさい”と言われた。」(モーセ1:17)
「高価な真珠」の記述は、旧約の記述とかなり違います。モーセ書では、モーセにキリストの名によって神に呼び求めるよう神が戒めておられます。末日聖徒イエス・キリスト教会は、すべての預言者は将来来られるメシヤとしてキリストのことを教えるよう宣言しています。古代の文書からはキリストに関する言及が抜けています。モルモン書はモーセの律法は、キリストの予型だとしています。:
- 「また、彼らはモーセの律法も守った。モーセの律法はまだすべては成就していなかったので、彼らはモーセの律法を守る必要があったからである。しかし彼らは、モーセの律法を守っていたにもかかわらず、キリストの来臨を待ち望んでいた。彼らは、モーセの律法はキリストの来臨の予型であると考え、キリストが自分たちに御姿を現されるときまでは、それらの外形上の勤めを守らなければならないと信じていたからである。
- ところで彼らは、モーセの律法によって救いが得られるとは思っていなかった。しかしモーセの律法は、キリストを信じる信仰を強めるのに役立った。このようにして彼らは、将来起こることについて告げる預言の霊に頼りながら、信仰をもって永遠の救いにあずかることができるという希望を抱き続けたのである。」 (アルマ25: 15-16).
聖書の記述では、モーセが神の召しにどのように抵抗したか書かれています。モーセは言葉に優れていなかったと述べています(それは恐らくエジプトの宮中で育った為、ヘブル語がほとんど話せなかったためと考えられます)。そこでアロンが彼の代弁者として指定されました。「高価な真珠」には、モーセの経験に関するすばらしい記述が書かれています。:
- 「また、その声がまだ語っておられるうちに、モーセはその目を向けて、地を、まことに、そのすべてを見た。彼が見なかったものはちり一つもなく、彼は神の御霊によってそれを見極めた。
- また、彼は地に住む者も見た。彼が見なかった者は一人もいなかった。彼は神の御霊によって見極めた。その数は多く、まことに海辺の砂のように数え切れなかった。
- 見よ、主の栄光がモーセのうえにあったので、モーセは神の前に立ち、顔と顔を合わせて神と語った。そして、主なる神はモーセに言われた。“わたし自身に目的があってこれらのものを造った。ここに知恵があり、それはわたしの内にある。
- わたしの力の言葉によって、わたしはこれらのものを創造した。わたしの力の言葉とは、恵みと真理にみちている独り子のことである。
- 無数の世界を、わたしは創造した。また、わたし自身に目的があってこれらを想像した。子によって、わたしはこれらを創造した。子とは、わたしの独り子のことである。”」(モーセ1:27, 28, 31-33).
回復者としてのモーセ
時に預言者は、新しい神権時代の頭となるよう召されることがあります。モーセはこの例です。新しい神権時代が開かれると、主は福音を新たに明らかにされます。それは神権時代は、(アダムの神権時代を除く)福音の知識の「回復」する時だからです。福音がその時代の人々の準備に従って明らかにされます。モーセの時点で、イスラエルの子らはエジプトに400年以上滞在していました。その間に彼らに福音を宣べ伝えた預言者の記録はありません。彼らは確かに「エジプトの地で、肉のなべ」を食し、エジプトの影響と並んで生活をしてきました。また偶像崇拝が彼らを取り巻いていました。恐らく彼らは自分たちの信仰と信条を守っていたものの、実践のない知識に終わっていたと言えます。モーセはこうしたイスラエルの子らの教師であり訓練者として召されたのです。しかしそれ以上に、彼の責務は、主のために祭司国家を建設することでした。ですから、忠実な信徒の集まりであると同時に、(市民法と社会的契約を持った)一国家の形成が主の念頭にありました。統一と秩序がそれには絶対的に重要だったのです。
そういう意味で、モーセは巨大な責任を背負っていたのです。つまり彼は福音の知識と神権の鍵を回復することで新しい福音の神権時代を迎え入れなければなりませんでした。またイスラエル人を統一し、モーセに従ってまだ見たこともない約束の地を手に入れることを望んで、広大で不毛の砂漠に足を踏み入れることをイスラエル人に確信させなければならならなかったのです。あるユダヤ人の伝説によると、多くのイスラエル人には、不確実な未来より、知り尽くした現実の方を選んでエジプトに残留し、思い切って外へ繰り出す信仰はなかったと伝えています。しかしそれ以外のイスラエル人は、パロの前で行なわれた奇跡を頼みとしていました。そのような忠実なイスラエル人が、エジプト人ののろいを受けることは決してありませんでした。ナイル川が血に変わっても、イスラエル人には新鮮な水が与えられました。
モーセは「回復者」としてやがて来臨するメシヤの予型でした。
- 「そして主は、確かに御自分の民のために方法を設けて、モーセの言葉を成就されます。モーセは言いました。“主なるあなたがたの神は、あなたがたのために、わたしのような預言者を一人お立てになる。その預言者があなたがたに語るすべてのことに耳を傾けなさい。その預言者に耳を傾けない者はすべて、民の中から絶たれるであろう。
- さて、わたしニーファイはあなたがたに言明します。モーセが語ったこの預言者とはイスラエルの聖者のことです。ですからこの御方は、義をもって裁きをされます。”」(1ニーファイ22: 20-21).
- 「モーセは言った、『主なる神は、わたしをお立てになったように、あなたがたの兄弟の中から、ひとりの預言者をお立てになるであろう。その預言者があなたがたに語ることには、ことごとく聞きしたがいなさい。」(使徒行伝 3: 22).
立法者としてのモーセ
主はイスラエルの子らの中に祭司国家の形成を望んでおられたので、主は彼らにすべての祝福と大いなる責任、或いはメルキゼデク神権を授けることを望んでおられました。しかし、たび重ねイスラエルの子らは主の期待に添いませんでした。彼らはモーセが彼らと神との仲裁者となることを望み、神の御顔を拝することを選びませんでした。主は彼らすべての者が預言の御霊、聖霊の賜物を持つことを望んでおられました。また彼らが主の御前に耐えうるに十分な義しい民となることを期待しておられました。これは換言すると、「主の安息に入る」と呼ばれます。
- 「さて、このことを、モーセは荒れ野の中でイスラエルの子らに分かりやすく教え、その民が神の顔を見ることができるように、彼らを聖めようと熱心に務めた。
- しかし、彼らは心をかたくなにし、神の臨在に堪えることができなかった。そのため、主の怒りは彼らに向かって燃え、主は激しく怒って、彼らは荒れ野にいる間神の安息に入れないと誓った。この安息とは、主の完全な栄光のことである。
:それゆえ、主は彼らの中からモーセを取り去り、また聖なる神権も取り去った。 :そして、小神権が存続した。この神権は、天使の働きと備えの福音の鍵を持つ者である。
- この福音は、悔い改めとバプテスマと罪の赦しの福音、また肉の戒めの律法であって、主は激しく怒り、この律法をアロンの家とともにイスラエルの子らの中にヨハネに至るまで存続させた。そのヨハネは、母の胎内から聖霊に満たされており、神が立てた者である。」 (教義と聖約84:23-27).
- 彼らの心は、いつも迷っており、/彼らは、わたしの道を認めなかった。
- そこで、わたしは怒って、彼らをわたしの安息に/はいらせることはしない、と誓った」。
- こうして、彼らがはいることのできなかったのは、不信仰のゆえであることがわかる。(ヘブル3:10, 11, 19).
モーセがシナイ山で神と語っているとき、イスラエル人はエジプトの伝統的習慣に立ち戻りました。こうして主は、彼らから高い律法と大神権を取り上げられました。モーセはメルキゼデク神権を持っていましたが、イスラエル人は、小神権、すなわちアロン神権しか受ける資格がありませんでした(モーセの律法参照)。
シナイ山でモーセに与えられた律法は、十戒を含み、「肉につける戒めの律法」で613条からなる行なって良いことと悪いこと、口伝律法が書かれていました。口伝律法は、後にユダヤ人写本筆写者が成文化したものです。律法には宗教的な事項ばかりでなく、市民法、法廷法、公正商業取引法、未亡人や経済的に恵まれない人々のための保護法も含まれていました。モーセの律法は、福音の土台となったばかりでなく、現代の優れた治法国家の基礎も成しています。
ユダヤ人の伝承には、モーセの律法が神の指で書かれたと伝えています。モルモン書の一節にはエジプトに売られたヨセフの言葉が引用されていて、ヨセフがモーセのことを預言し、彼が律法を与えることについて言及しています。:
- 「また、主は言われた。“わたしはモーセを立てよう。そして、杖をもって彼に力を与え、また明瞭に書き記す力も彼に与えよう。しかしわたしは彼の舌を緩めて、彼がよく語れるようにはしない。わたしは彼を、語るに力ある者とはしないからである。しかしわたしは、自分の手の指でわたしの律法を彼に書き与え、また彼のために一人の代弁者を備えよう。”」(2 ニーファイ3:17).
実際に起こった出来事と将来の予型としての出エジプト
過ぎ越しの聖会は、主によって出エジプトが始まる前に定められ、説明されています。主はエジプトからの奇跡的脱出に関するあるメッセージをそのすべての出来事は、独り子の使命と贖いの予型であると強調しておられます。過ぎ越しは、モーセの解放者としての役割を重ね合わせ、イエス・キリストの人類に対する罪からの贖いと解放を象徴しています。イスラエル人はエジプトという胎(成長した場所)を離れ、羊水(紅海の水)を通して、約束の地を得るために試しの荒野に生まれ出たこと(脱出したこと)が示されています。エジプトから紅海への脱出のイメージは、誕生とバプテスマを象徴し、この地球での試しの荒れ野と約束の地のイメージは、試しの世である現世と日の栄えの王国の報いを象徴しています。ですから、出エジプトという出来事のすべてが救いの計画の予型だということができます。過ぎ越しが象徴するものは、命のパン、喜びの杯、子羊の血とそれぞれの祭礼に使われる要素が、メシヤとしてのイエス・キリストを象徴しています。キリストは解放者であり、贖いは彼によってもたらされました。
荒野での出来事もまた、キリストの予型で、岩から水が湧き出ること、苦い水が癒されたこと、天からのマナ、そして杖に絡んだ蛇と例の枚挙に暇がありません。
モーセの死後の役割
モーセは、普通の人間が死ぬように死んだのではありません。モルモン書には、アルマという年老いた預言者が荒れ野の中へ出かけて行き、誰も二度とその姿も噂も聞かなかったことが書かれています。:
- 「見よ、わたしたちが知っているのは、彼が義人であったということである。また、彼は御霊によって取り上げられた、すなわち、モーセのように主の手によって葬られたという説が教会員の間に広まった。しかし見よ、聖文には主がモーセを御自分のもとに受け入れられたと述べられているので、わたしたちは主がアルマも霊にあって御自分のもとに受け入れられたと考えている。このために、わたしたちは彼の死と埋葬について何も知らないのである。」(アルマ45:19)
モーセは恐らく身を変えられ、死を味わうことなく天に取り上げられ、キリストの時代に変貌の山で使徒の前に現れています。:
- すると、見よ、モーセとエリヤが彼らに現れて、イエスと語り合っていた。
- ペテロはイエスにむかって言った、「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。もし、おさしつかえなければ、わたしはここに小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。(マタイ17:3-4)
モーセは、イエス・キリストの復活された時に、他の主の最も義しい人々と共に復活しました。復活した人物として、モーセはカートランド神殿でジョセフ・スミスとオリバー・カウドリを訪れました。:
- 「この示現が閉じた後、天が再びわたしたちに開かれた。そして、モーセがわたしたちの前に現れ、地の四方からイスラエルの集合と北の地からの十部族の導きの鍵をわたしたちにゆだねた。
- この後、エライアスが現れ、わたしたちと子孫によってわたしたちの後の時代のすべての者が祝福を受けるであろうと述べて、アブラハムの福音の神権時代をゆだねた。」(教義と聖約110:11, 12).
参考資料
- 1Midrash:Sh'mot Rabbah
- 2Josephus, Jewish Antiquities 2.10-11.


