モルモン書の証拠
出典: MormonWiki
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モルモン書の証拠
モルモン書の数々の主張を支える多くの証拠が存在しています。
古代ラテンアメリカ先住民が証拠づけるモルモン書の内容
ラテンアメリカ先住民の記録は、モルモン書に述べられている出来事が実際に起こったことを裏付ける恐らく極めて強力な証拠だと考えることができます。このような古文書を考察するに当たり、先ずモルモン書は、古代エルサレムとその他の土地から離れアメリカ大陸へ向かった数団の民族の記録であると言う主張を認識しておくことが前提となります。つまり、ラテンアメリカ先住民はイスラエルの子孫であるという末日聖徒の主張を支える証拠として、古代マヤ語で書かれた文献“テュリオ・デ・トトニカパン(Tulio de Totonicapan)”をキチェ語からスペイン語に翻訳したカトリック僧が、古代イスラエル人のラテンアメリカへの移住という伝説を記録しているのです。(注:先コロンビア・マヤ文化の古文書(Pre-Columbian Maya codex)はほとんどがこの植民地時代に焼却されが、焼却を免れ現存する古文書には聖書に類似した一種の創世神話やノアの洪水に類似した伝説が伝えられている。尚、同古文書の原文は、何世紀も前の伝説からグアテマラ(マヤ族)のキチェ語で1554年に記録された。)
このカトリック僧の翻訳者が古文書から発見した事柄の概要に以下のことが述べられています。:
- 「三つの強大なキチェ民族は、・・・(アッシリア王国の)シャルマネセル王によって永久捕囚にまで零落させられ、アッシリアの境界に至り、他国へ移住を決心したイスラエル王国の十氏族の末裔で、・・・」
- 「従って、これらの移住民は、キチェの三大民族であり、日の昇るところ(東)から来た者達で、イスラエルの末裔であり、同じ言語と習慣を持ち、・・・アブラハムとヤコブの末だった・・・」
- 「さて1554年9月28日、 海を越えた別の場所、即ちバビロニアに境するシバン・テュラン(Civán-Tulán)から来た私達の先祖から私達に伝えられた伝説に基づいて書かれた私達の記録を証明するこの証明書に署名する。」(“Tulio de Totonicapán(Title of the Lords of Totonicapan)”翻訳文。 Dionisio José Chonay 及び Delia Goetz, Norman, 米国オクラホマ州: オクラホマ大学出版, 1953年発行 pp. 167, 170, 194を参照).
また、これらの移住民族の血が、カナダのアルバータのブラックフット族とブラッド族インディアン、北米南西部のナバホ族とアッパチ族、南米西部のインカ族、メキシコのアズテク族、グアテマラのマヤ族、その他西半球と太平洋諸島のアメリカ先住民の集団の血脈の中に流れていることも主張されています。(テッド・E・ブリュートン、「“モルモン書”:神聖な古代の記録」エンサイン1995年11月号、30)
白い髭を蓄えた神 – モルモン書の中のケツァルコアトル
古代アメリカの著述は、「天から降りてきた白い、髭を蓄えた神」について頻繁に述べています。多くの名前で呼ばれているこの神は、伝説的人物でしばしばケツァルコアトルとも呼ばれています。ブリュートンは、「十六世紀の歴史家らは、スペイン人征服者到着の遥か以前にアメリカ大陸を訪れた白い、髭を蓄えた神についてのスペイン征服以前の信仰について記録している。」と述べました。(ブリュートン、30) これは単に伝説や説明のつかない歴史のように見られる一方で、古代アメリカの預言者が書き伝えた聖文と信じられているモルモン書では、イエス・キリストが復活した後、アメリカ大陸を訪れたことを記録されています。このモルモン書の出来事とラテンアメリカ先住民の伝説が一致していることは驚くべきことです。 歴史家の記した以下の段落には、これらのラテンアメリカ先住民の伝説の例が挙げられています。
- ベルナルド・デ・サヘーガン(1499年生):「ケツァルコアトルは、神として崇められ尊敬され、古代には礼拝されていた。この神は長い髪と髭を持っていた。人々は唯一の神として礼拝した。」(Historia General de las Cosas de Nueva España, Mexico: Editorial Porrua, S. A., 1985, pp. 195, 598を参照。)
- ディエゴ・デュラン(1537年生):「偉大な人—尊敬され宗教的な人物—は、髭を蓄え、背が高く、長い髪をして、威厳のある立ち居振る舞いをし、勇敢な行いを示し、奇跡を起こした人物である。私はこの人物が祝福された使徒の一人だった可能性があると確信している。」(Historia de las Indias de Nueva España, 1867年出版, 第一版 二巻, メキシコ: Editorial Porrua, S. A., 1967年 1:9を参照)
- バートロミ・デ・ラ・カサ(1474年生):「ケツァルコアトルは、羽を持った蛇で、白く、丸い形の髭を蓄え、背が高く、東の海から来て、東の海へ帰る。」(Los Indios de Mexico y Nueva España Antologiá, メキシコ: 編集者 Porrua, S. A., 1982年出版, pp. 54, 218, 223を参照).
- ベネズエラのタマナコ族インディアンは、白く、髭を蓄えた神の同じ伝説を持っており、それによると、「 [アマリバカ(Amalivacá)]は、朝空に見られる軽いふわふわの雲の色をした顔を持ち、その髪の毛は白く長く、・・・彼は、“私はアマリバカだ、私は私の父イナ・ウキ(INA-UKI)の名前によって来た。”と言った。」((Arturo Hellmund Tello, Leyendas Indígenas del Bajo Orinoco, 翻訳文. デッド・E・ブリュートン, アルゼンチン、ブエノスアイレス市,: “Imprenta Lopez Peru 666”, 1948年出版, pp. 19–22を参照)。 (ブリュートン, 「モルモン書:神聖な古代の記録」を参照。)
これらがキリスト教世界では当たり前に語られる話ではないにしても、モルモン書と古代アメリカの数々の伝説の一致点、イエス・キリストご自身が復活に続いてアメリカ大陸の人々に現れたと教えているということは可能です。この出来事は、イエス・キリストがヨハネによる福音書10:16で「わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。わたしは彼らをも導かねばならない。彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。」と述べられた言葉の裏側の意味を表しているとは考えられないでしょうか。モルモン書では、まさしくキリスト自らが古代アメリカ大陸の人々に対して彼らは「もう一つの群れの羊である。」と説明しておられます(ニーファイ第三書15章参照)。
これらの研究が興味をそそり、示唆に富んでいるものである一方、末日聖徒は、モルモン書が真実なものであるかどうか、またキリストが確かにアメリカ大陸を訪れたかどうかを知る唯一の方法は、祈りを通して神に尋ねることだと主張しています。もしこの本が真実であるならば、神はこの書物が確かであることが分かるよう祈る人を助けられ、モルモン書を読む度に、読者はキリストの教えられた真理を学ぶことができます。つまり神からの答えは、モルモン書が真実かどうかを決定する最も確かな証拠になります。
- モルモン書:重んじられるべき書物を参照。
外部リンク
- モルモン書の証拠:ダニエル・ピーターソン博士の研究
- モルモン書と聖書の無料ギフトお問い合わせ
- 末日聖徒イエス・キリスト教会日本語サイト
- Further Evidence for Book of Mormon
- FREE Book of Mormon
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参考文献: テッド・E・ブリュートン著、「モルモン書:神聖な古代の記録」エンサイン誌1995年11月号30頁。
