ベニヤミン王
出典: MormonWiki
ベニアミン王は、紀元前124年ぐらいまで長年にわたってニーファイ人を統御した予言者-王で、ニーファイの民とゼラヘムラの民を治めたモーサヤ王の息子です。ベニヤミン王にはまた、モーサヤと名づけた息子がいましたが、ベニヤミン王はニーファイ人の王国最後の王となるこの息子に王国を譲りました。ベニヤミン王は軍事指導者でもあり、レーマン人との猛烈な戦いの末に勝利を収めました。モルモンは、ベニヤミン王が自らの王国において多くの困難を克服し、全身全霊を捧げて王国に平和を築いたことを記録しています。またベニヤミン王は聖なる記録を記録して保存し、正義と寛容をもって民を治めたことも記録されています。(オムナイ24-30、モルモンの言葉12-18)。聖典や福音について息子たちに教えを与えている記録も残っています。.
有名な説教
ベニヤミン王は偉大な最後の説教をしたことで知られています。これはモルモン書のモーサヤ第2-6章に記録されています。この説教はモルモン書の中でも、最も広く読まれ、研究されている箇所の一つです。
モーサヤ第2章には、ベニヤミン王は神殿にやぐらを立て、その言葉をすべての民に知らせるために書き取らせたことが書かれています。まず王は自分のメッセージを耳と心を開いて聞くようにと民に伝え、人に仕えることについて次のように言いました。「あなたがたが同胞(はらから)のために務めるのは、とりもなおさず、あなたがたの神のために務めるのである。」さらに「天の王」に対する謙遜と感謝の気持ちを持つように熱心に説き、私たちがすべてを神に頼っていることを強調しました。争うことをしないように警告し、罪を犯した人々は恐ろしい状態におちいるが、神の戒めを守る人々は幸福になると話しています。
モーサヤ第3章には、ベニヤミン王が神の天使 の訪れを受け、主イエス・キリストが降臨されるというよきおとずれを伝えたことが記されています。そしてベニヤミン王はキリストが行う奇跡や経験する苦痛、死、そしてすべての人類のための復活など、地上で行う業について美しい言葉で語りました。さらにキリストの「血は、アダムの背きのために堕落した者たちの中で、自分たちに関する神の御心を知らずに死んだ者たち、あるいは気づかないで罪を犯した者たちの罪も贖う」と教え、贖いの力について説明しました。また幼い子供たちは祝福されていて、その罪はキリストの血によって贖われるとも教えました。またイエス・キリストによる救いが必要であることを明白にし、その他には名も道も方法もないとして、「全能の主であるキリストの御名のほか、またその御名を通じてでなければ、どのような名も道も方法も、人の子らに救いをもたらすことはできない」と述べました。そしてベニヤミン王は「生れながらの人は神の敵であり…主なるキリストの贖罪により、生まれながらの人を捨てて聖徒とな」らなければならないと言明しました。救い主についての知識が、あらゆる国民、部族、国語の民、民族の間に広まる時が来る」ことを予言し、イエス・キリストを拒む人々が惨めな状態になることを指摘しました。イエス・キリストについて 末日聖徒がのどのように考え、どんなことを教えているかを知るには、モルモン書モーサヤ第3章を読むことをお勧めします。
モーサヤ第4章に書かれているように、ベニヤミン王の説教を聴いた人々は、その言葉を信じ、主イエス・キリストを信じる信仰によって罪の赦しを受けて、ちょうど五旬節のような経験をしました。続けてベニヤミン王は神を信頼して信仰を強め、謙遜になって、神の戒めを守るように説き、そうすれば「いつも喜びを感じ、神の愛で満たされ、またいつも罪の赦しを保てるであろう」と約束しました。ベニヤミン王は多くの時間を割いて、物乞いをする人々を助けるように熱心に説き、最後にすべてを「賢明に秩序正しく」行うよう、勤勉に励み、罪を犯さないように警戒するよう勧告しています。
ベニヤミン王はモーサヤ第5章で、民が自分の言葉を信じ、心の中に大きな変化を生じ、悪を行う望みを捨て、戒めに従順に従うことを神と聖約したことを喜び、次のように述べています:「あなたがたが交わした聖約のために、あなたがたはキリストの子と呼ばれ、キリストの息子および娘と呼ばれる。...キリストの御名を信じて心が改まった...。だから、あなたがたはキリストから生まれ...たのである。」そして再び、キリストと結んだ聖約に生涯忠実であるように勧告し、神の慈しみを知るように促しました。
ベニヤミン王のこの説教の中には、末日聖徒イエス・キリスト教会の数多くの大切な教義が明確に述べられています。そのすべてをここに挙げることはできませんが、次のようなものが含まれています: イエス・キリストによる救い;気づかないで罪を犯した者たちもイエス・キリストにより救われること;イエス・キリストによって幼子が救われること;神の前に謙遜でなければならないこと;自分より恵まれない人々を助けなければならないこと;「生れながらの人」を捨てて、キリストの贖いによって聖徒になければならないこと;イエス・キリストについての知識があらゆる国民、部族、国語の民、民族の間に広まる時が来ること;神は忠実な人々を祝福し、神を拒む人々を罰せられること、など。
