デビッド・アーチュレッタ

出典: MormonWiki

デビッド・アーチュレッタ—American Idol.com
デビッド・アーチュレッタ—American Idol.com

観客総立ち、審査員の目に涙。天才的タレントとピュアな歌声が歌うたびに聴く人の心を感動で包んだデビッド・アーチュレッタの詳しい情報を満載。デビッドは、1990年12月28日フロリダ州マイアミで生まれました。デビッドは、ユタ州ソルトレーク郡マレー(Murray)高校の学生で、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会)の会員です。デビッドは、テレビの世界的な人気番組アメリカンアイドルのシーズン7で、人気を博し、最終決定選に残った二人のうちの一人です。デビッドの澄んだ美しい歌声、観客の心に触れる歌唱力に加え、新鮮なつつしみ深さと純真さが、米国ファンの心を勝ち取りました。彼のインスピレーションは、一体どこからくるのか、というウィークリーQ&Aの質問に答えて、デビッドは、「自分の信仰家族です」と答えました。

デビッドの両親も音楽家で、父親はジャズミュージシャン、母親は祖国ホンジュラスで歌手をしていたという音楽の才能を受け継いでいます。デビッドは、母親のラテンアメリカ文化の影響を受けラテン音楽を聴きながら育ち、父親のジャズ音楽のコレクションの影響も満喫しました。

デビッドは7歳から歌い始め、プロの訓練も受けたことがありました。ある時期、声帯の一部が麻痺状態になったことがありましたが、運良く手術を免れることができました。デビッドはピアノも得意で、自分の歌に合わせながらよくピアノを弾くことがあります。

目次

上演経験略歴

デビッドは10歳の時、「ユタ・タレント・コンペティション」に参加しました。観客総立ちの歓声に包まれ、「子供の部」でみごと優勝。その結果、アメリカのテレビ番組「スターサーチ」(Star Search)でもしのぎを削る他、「ザ・ジェニー・ジョーンズ・ショウ」(The Jenny Jones Show)や米放送局CBSの人気モーニングショウ「ザ・アーリー・ショウ」(The Early Show)にも出演し、人気番組「アメリカン・アイドル」のシーズン1の決勝戦タレントにも会いました。このとき、ブロードウェー・ミュージカルでトニー賞やグラミー賞を受けた「ドリームガールズ」(Dreamgirls)の曲目から、即興で"And I Am Telling You I'm Not Going"を伴奏なしで歌いこなすという才能を披露しました。[1]

12歳だった2003年には、テレビ番組「スターサーチ」でグランド・プライズを受け、見事優勝。

2007年7月30~31日にカリフォルニア州サンディエゴのクウァルコム・スタジアム(Qualcomm Stadium)で行なわれた「アメリカン・アイドル」の応募選に参加し、シーズン7に堂々臨戦しました。

影響されたアーチスト

デビッド・アーチュレッタ
デビッド・アーチュレッタ

番組「アメリカンアイドル」の「ファーストファクト特集」("Fast Facts")では、影響を受けたミュージック・タレントとして、

ナタリー・コール、
スティービー・ワンダー、
カーク・フランクリン、
ブライアン・アダムズなどを挙げました。

好みのトップ・ポップアーチストには、

ナターシャ・ベティンフィールド、
ナタリー・コール、
セリーン・ディオン、
マリア・キャリー、
マイケル・ジャクソン、
スティービー・ワンダー、
ブライアン・アダムズ、
カーク・フランクリンらを指名。

また過去の「アメリカンアイドル」参加者での好きなタレントには、タマイラ・グレーとエリオット・ヤーミンを名指しし、ヤーミンの他に尊敬する歌手として、ジョン・マイヤーを上げています。デビッド自身は、好きなポップミュージックにソウル・ミュージックのバイブを融合させたいという抱負を持っています。[2]

「アメリカンアイドル」での競演

テレビ番組「アメリカンアイドル」のシーズン7には、10万人もの応募者がありました。その中にあっても、デビッドは最初から審査員の面々を圧倒させ、番組が始まって間もなく、どの審査員もデビッドが決勝戦に生き残り、優勝する可能性が強いと太鼓判を押していました。デビッドの若い年齢と小柄な体が何度もマイナス面として指摘されましたが、歌唱力の大きさが観客を満足させ、観客は総立ち、審査員の目に涙を浮かべさせるという歌唱力で毎週、堂々勝ち抜いていきました。

デビッド:「ここまでこれるとは思わなかったよ。」決勝戦前のインタビューのビデオ

番組の決勝戦では、二人のデビッドのダブルスになりました。デビッド・アーチュレッタ(17歳、あだ名はアーチー[Archie])と決戦に臨んだのは、磨きのかかった音楽的才能を持つロックシンガー、そして誠実で親切なデビッド・クック(25歳、あだ名はクッキー[Cookie])でした。2008年5月20~21日、火曜日と水曜日の連日で行なわれた決勝戦は、アメリカンアイドルの歴史では最大規模で派手な取り組みとなり、ロサンジェルスにある広大なノキア・シアターは、観客で満員となりました。ゲスト・アーチストには、プロのトップパフォーマーが招かれ、惜しくも脱落していったシーズン7の12人の仲間の参加でショウが繰り広げられました。最終投票は、9千750万票を記録し、惜しくも1千200万票の差でデビッド・クックが優勝を決めました。

デビッド・アーチュレッタには、番組放送の第二回目から既にプロとしてのレコード契約の申し出が殺到しました。デビッドの見事に澄んだ歌声と若々しい純真さが、国民の心を捉え、世界中にいる多数のファンは増大の一途を辿っています。

レコード契約

デビッド・アーチュレッタ
デビッド・アーチュレッタ

デビッドは、19レコーディング・ジャイブレコード社(19 Recordings/Jive Records)との契約にサインしました。2008年夏に予定されたアメリカンアイドルのツアーコンサートをシーズン7のトップ10と一緒に米国中を巡演し、デビッドは目下、その準備に余念がありません。デビッドのプロとしての最初のアルバムは、2008年末に発売予定です。

「アメリカンアイドル」の番組創作者で「19エンターテインメント・ラベル・グループ社」創設者のサイモン・フラーは、既に17歳のデビッド・アーチュレッタの歌う3曲が2008年6九月上旬に「ホット100」に登場するよう援護しています。ジョン・レノンが歌った「イマジン」("Imagine")、自分でアレンジした"Don't Let the Sun Go Down on Me"と、決勝戦で歌った"In This Moment"が既にトップ36番を記録しています。

デビッドの公式マイスペースのページによると、彼はもうすでに最初のアルバム作りに着手しており、レコーディングを希望する曲目も数曲選んだということです。

参考資料

  1. http://en.wikipedia.org/wiki/David_Archuleta_%28singer%29
  2. Ibid.


外部リンク

内部リンク