ソルトレーク神殿

出典: MormonWiki

ソルトレーク神殿末日聖徒イエス・キリスト教会 が完成した6番目の神殿 で、現在ユタ州と呼ばれている地にモルモンの開拓者たちが到着してから4番目にできた神殿です。ソルトレーク神殿の建設には40年が費やされ、末日聖徒の献身と粘り強さという特筆すべき特徴を示すものです。また最もよく知られている神殿でもあり、世界中の人々にとって教会の象徴となっています。
ユタ州ソルトレーク市ソルトレーク神殿
ユタ州ソルトレーク市ソルトレーク神殿

1847年 7月下旬、 末日聖徒の開拓者 の最初の一団がソルトレーク・バレーに到着しました。その数日後、当時の指導者だったブリガム・ヤングは、聖なる建物が建つべき場所を指して杖で地面を叩き、このように宣言しました。「神への神殿を建てるのは、まさにこの場所だ。」 使徒ウイルフォード・ウッドラフ はそのときその地点に印をつけました。神殿の建設は 1853年 2月14日に始まり、ブリガム・ヤングの指揮のもとに鍬入れ式が行なわれました。


花崗岩が近くで発見されたことで、労働者が手で1200kgから2500kgもする大きな花崗岩のかたまりを切り出しました。これらの大きな石は牛車(後には鉄道で)で神殿の建設用地へ運ばれました。新しい土地に定住しようとするときの艱難にもかかわらず、多くの労働はボランティアの人たちが時間と技術を惜しみなく提供したことによって行なわれました。ブリガム・ヤングはソルトレーク神殿を最高のものとするように聖徒たちを励ましました。ヤングは、「(近い将来再臨するキリストが統治する)福千年の終わりまで持ちこたえるような神殿を建ててほしい」と述べました(「Journal of Discourses」、10:254)。そして神殿はその指示通りに建てられました。ブリガム・ヤングは設計者トルーマン・O・エンジェルと密接に働き、主から与えられた示現や啓示に照らして、この神殿がどのようなものであるべきかの指示を与えました。神殿の建築スタイルは、神殿の教義的な象徴と啓示による設計とが調和しているゴシック様式だと言われます。

数多くの難題を克服しなければならなかったために、神殿の建設工事は遅れるばかりでした。ある時、教会の指導者たちは合衆国陸軍の1部隊がユタへ向かっていることを知りました。モルモンたちは自分たちが迫害され、イリノイ州ミズーリ州オハイオ州、およびニューヨーク州から追われても手をこまねいて何もしなかった連邦政府を信用していませんでした。そこで神殿の建設は中断され、それまでに完成していた神殿全体の土台を埋めてしまいました。連邦政府と教会との友好関係が築かれた時点で、神殿の工事は再開されました。そのとき掘り出された土台には割れ目が見つかりました。そのために再び土台を掘り出し、モルタルを使わずに組み合わせることができるように切り出した新しい石を使って、最初からやり直さなければならなかったのです。

教会員たちは約22,800平方メートルの神殿を建てるために休みなく働きました。外側が完成すると、熟練したアーティストや職人たちが現場に集められ、神殿の170の部屋を完成しました。内部の調度品は1年で完成しましたが、鍬入れ式から数えるとのべ40年の年月が経っていました。ソルトレーク神殿は結び固めの部屋が12と儀式用の部屋が4つある(増築や改築が行なわれた後)最大規模の神殿です。以来、100以上の神殿が建設されてきましたが、ソルトレーク神殿は今でも最大規模を誇っています。

ソルトレーク神殿はまた、教会の大管長自らが直接管理している点で非常にユニークな存在です。デビッド・B・ヘイト 長老ははぜこの神殿が特別な注目を集めるのかを、次のように説明しています。:

「この神殿の業は大管長会にとって非常に重要なために、毎朝神殿へ行き、教会の大管長会としての仕事をする前に、神殿の管理と運営に心を配るというさらなる責任を担うことをいとわないのです。」(「Symbol of Sacrifice, Monument to Life」『Ensign』 1993年10月号、9)

残念なことに、ブリガム・ヤングは、またその後継者ジョン・テイラーも、ソルトレーク神殿の完成を自分の目で見ることはありませんでした。神殿は教会の第4代目大管長ウイルフォード・ウッドラフの指揮の下にやっと完成しました。奉献式は1893年4月6日に執り行われました。その後奉献集会は何度も繰り返され、「神にこの神殿を奉献する機会を82,000人の人々に与えました。」(ウォレス・アラン・レイノール「The Everlasting Spires: The Story of the Salt Lake Temple」ソルトレークシティー、Deseret Book Co., 1965年、p. 159)

七十人第一評議会のJ・ゴールデン・キンボールはソルトレーク神殿がどんな意味を持っているかについて、次のように述べています。「『神殿』 について考えるとき、壁の一つ一つの石が苦難や犠牲について私に説教しているように思えます。この神殿が奉献されたとき、山上の垂訓以来最も偉大な講話のように私には思えました。…神殿のすべての窓、すべての尖塔、神殿のすべてが神を物語り、これを建てた人々の信仰について証しているようでした」 (大会報告、1915年4月、p. 79)。

テンプルスクエア参照

外部リンク(英文)