サタン
出典: MormonWiki
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ルシフェル、サタン、或いは悪魔
サタンに関してモルモン教会は、聖書に基づいたユニークな教義を持っています。末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会というニックネームが使われるのは、モルモン書を聖書とならんで聖典としているため)は、キリストが建てられた原始キリスト教会の真実の教義を回復しました。サタンの原義を理解するには、まず救いの計画を理解する必要があります。キリストがその預言者たちに明らかにされた教義によると、救いの計画には、人は皆、この地上に生まれる前に、神の子供たちとして前世で霊として存在していたことが明らかにされています。キリストは神の霊の子供たちの長子でした。またルシフェルは「暁の子」と呼ばれ、最初に生まれた子供たちの一人でした。これらの最初に生まれた霊の子供たちは、英知に満ち、聡明で高貴な霊たちでした。
イエスとルシフェルが兄弟関係であることを信じるモルモンの教義は、ユニークなものであるためこれを拒否するクリスチャンもあります。しかし聖典に基づいて救いの計画を理解すると、この概念は簡単に理解することができます。父なる神の霊の子供たちは、互いに兄弟姉妹ですから、最初に生まれたイエスとルシフェルもわたしたちの兄弟に他なりません。聖書には前世に関する多くの関係聖句があります。イザヤ書には次のように書かれています。
- 「黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。」(イザヤ書14:12)
預言者イザヤは、天で起こった争いが天での戦いで最高潮に達したことについてさらに続けて説明しています。ルシフェルは、自らを誇り、神の地位を奪うことを決心し、栄光を自らの手に入れ、神の賜物として神の子に与えられた自由意志、或いは選択の自由の行使を妨害しようとしました。:
- 「あなたはさきに心のうちに言った、『わたしは天にのぼり、わたしの王座を高く神の星の上におき、北の果なる集会の山に座し、
- 雲のいただきにのぼり、いと高き者のようになろう』。
- しかしあなたは陰府に落され、穴の奥底に入れられる。」(イザヤ書14:13-15)
エルレイ・L・クリステンセン長老は、サタンについて次のように述べました。
- 「サタンが“神の御前で義に適わない”こととして求めたものは、すべての人々を強制して神の御心を実行することでした。つまり強制力を使って、彼は一人残らず“救う”ことを申し出、そうすることで神に属する誉れと栄光を要求するためでした。サタンの提案とは反対に、主の計画は、善悪を選ぶ権利をわたしたちに与えることで、個人の成長の機会を与えることでした。」(ElRay L. Christiansen, “The Adversary,” New Era, Sept. 1975, 4).
一方、主が始められたこの計画は、堕落した人のために救い主を備えることで、それはただアダムの堕落から人を救うだけでなく、不完全な人間として回避できない個人の誤った選択からも人を贖うことでした。キリストは、救い主として神から選ばれ、すべての天の霊たちは、この計画に賛意を表明をするために召集されました。ルシフェルの提案の変わりにキリストの計画が選ばれた時、サタンは激怒し、神に対して謀反を起こしました。ルシフェルの計画が余りにも納得しやすかったため、天父の霊の子供たちのすべての三部分の一つが、ルシフェルに従いました。:
- 「そして、アダムは悪魔に誘惑された。見よ、悪魔はアダムの前にいた。悪魔は“わたしにあなたの誉れを与えてください。”と言って、わたしに背いた。彼の求めた誉れはわたしの力である。また彼は天の衆群の三分の一を、彼らの選択の自由によってわたしから背き去らせた。
- そして、彼らは落とされて、悪魔とその使いになった。」(教義と聖約29:36, 37).
- 「彼らに言われた、「わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た。」(ルカ10: 18)
- 「あなたがわたしの独り子の名によって命じたあのサタンは、初めからいた者である。彼はわたしの前に来て言った。“御覧ください。わたしがここにいます。わたしをお遣わしください。わたしはあなたの子となりましょう。そして、わたしは全人類を贖って、一人も失われないようにしましょう。必ずわたしはそうします。ですから、わたしにあなたの誉れを与えてください。”
- しかし見よ、初めからわたしが愛し選んだ者であるわたしの愛する子は、わたしに、“父よ、あなたの御心が行なわれ、栄光はとこしえにあなたのものでありますように”と言った。
- あのサタンはわたしに背いて、主なる神であるわたしが与えた、人の選択の自由を損なおうとしたので、またわたしの力を自分に与えるように求めたので、わたしは独り子の力によって彼を投げ落とさせた。
- そして、彼はサタン、すなわち、あらゆる偽りの父である悪魔となって、人々を欺き、惑わし、またまことに、わたしの声を聴こうとしないすべての者を自分の意のままにする者となった。」(モーセ書4:1-4).
- 「また、主は言われた。“わたしはだれを遣わそうか。”すると、一人が人の子のように答えた。“わたしがここにいます。わたしをお遣わしください。”また、もう一人の者が答えて言った。“わたしがここにいます。わたしをお遣わしください。”そこで、主は言われた。“私は最初の者を遣わそう。”
- すると第二の者は怒り、その第一の位を守らなかった。そして、その日、多くの者が彼に従った。」(アブラハム書3:27, 28).
- 「さて、天では戦いが起った。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使たちも応戦した…、」(黙示録12:7).
- 「そして、滅びと呼ばれた。もろもろの天は彼のために泣き悲しんだからである。彼は暁の子ルシフェルであった。」(教義と聖約76:26).
こうして、ルシフェルと彼に従った者たちは、天から投げ落とされ、死すべき体を持つことを否定されました。これはすなわち、彼らも復活から切り落とされたということです。彼らはまた、神の御前から永遠に切り離されています。サタンと彼に従う者は、父なる神の計画を妨害するために働き、神の子供たちが罪と霊の死へ至らせます。
- 「この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された。」(黙示録12:9)
モルモン書の中に書かれている次の聖句は、悪魔と彼に従う者たちについて述べています。:
- 「そのため、人は肉においては自由であり、人のために必要なものはすべて与えられる。そして人は、すべての人の偉大な仲保者を通じて自由と永遠の命を選ぶことも、あるいは悪魔の束縛と力に応じて束縛と死を選ぶことも自由である。悪魔は、すべての人が自分のように惨めになることを求めているからである。」(2 ニーファイ2:27).
- 「そして、わたしたちの霊は、あの天使のようになっていたに違いない。わたしたちは悪魔の使いである悪霊となって、神の御前から締め出され、偽りの父とともに、彼自身のように惨めな状態にとどまっていたに違いない。まことに、その者はわたしたちの始祖をだました者であり、光の天使であるかのように装い、人の子らをそそのかして人殺しをする秘密結社を作らせたり、あらゆる隠れた闇の業を行なわせたりする者である。」(2ニーファイ9:9).
悪魔は実在するか?
- 「サタンは生きています。わたしたちは、神が生きておられ、わたしたちが生きているように、確かにサタンが生きていることを悟らなければなりません。悪魔は存在しないと教える者は、事実に無知であるか、騙されているのです。」(ElRay L. Christiansen, “Power Over Satan,” Ensign, Nov. 1974, 22).
モルモン書の預言者ニーファイは、末日に悪魔がその存在を人々に否定することを預言して、次のように記録しました。 :「そして見よ、悪魔はほかの人々にへつらい、“地獄はない”と告げ、“悪魔はいないので、わたしは悪魔ではない”と言う。悪魔はこのように彼らの耳にささやいて、決して逃げられない恐ろしい鎖で縛ってしまう。」(2ニーファイ28:22)
サタンは、義と神の御心を実現するために働いている者の敵です。サタンは神にとって必要な反対の要素です。末日聖徒は、サタンが文字通り存在する者だと見ています。即ち、絵に描かれた角やひづめや、二股に分かれたとがった尻尾がついたような架空のものではなく、実在の霊として存在する個人です。また末日聖徒は、サタンの目的は、善悪の間で善に反対を提供することだと信じています。
- 「また、悪魔が人の子らを誘惑するのは必要である。そでなければ、人の子らは自ら選択し行動する者とはなれない。」(教義と聖約29:39).
使徒のジョージ・Q・キャノンは以下のように述べました。
- 「悪魔は...わたしたちを滅ぼすことを狙っている。天で彼の計画が採用されなかったことの怒り、すなわち神に対しての謀反にしくじったことと神の栄光の御前から追放されたことへの怒り、そして体を得られなかったことへの怒りで、彼と彼に従って落とされた者たちは、その恐ろしい出来事の起こった時以来ずっと、謀反を起こさなかった彼らの兄弟姉妹を滅ぼすことをしきりに願っている。」(説教集 Collected Discourses, Brian H. Stuy, ed., vol. 1).
また教会指導者らは、サタンが実在することを信じていない多数の人々に大きな危惧を抱いています。マリオン・G・ロムニー長老は、次のように話しました。
「神は死んだという致命的な偽りのもたらす必然的結果は、悪魔は存在しないという偽りと等しく致命的教義だ。まさにサタン自身、これら二つの偽りを生んだ父である。これらの教義を信じることは、彼に屈することである。そのようなサタンへの降伏は、常に現在でも、また将来においても、続けて人類の破滅へ繋がる。」
ロムニー長老は続けて次のように述べました。
- 「一般的に受け入れられている“悪魔はいないので、わたしは悪魔ではない”(2ニーファイ28:22)というサタンの宣言は、わたしたちの悪変する社会の退廃の原因の大きな部分を占めている。わたしたち末日聖徒は、サタンは実在しないという人の詭弁によって騙される必要はない、いや、騙されてはならない。悪魔という個人が存在し、私たちはその事実を認めべきだ。目に見えても見えなくても悪魔とその無数の使いたちは、人に対して支配的影響力を使っており、その手練手管は今日わたしたちの世界に存在している。」 (マリオン・G・ロムニー、「サタン—大いなる偽り者」 “Satan—The Great Deceiver,” エンサイン, 1971年6月号, 35).
また聖典もはっきりとサタンが実在することを教えています。—
- 「そこで、サタンは(すでに多くのものを引き寄せて自分に従わせていたので)蛇の心の中に思いを入れ、エバもだまそうとした。彼は神の思いを知らなかったので、世を滅ぼそうとしたのである。」 (モーセ書4:6).
- 「カインは神よりもサタンを愛した。サタンは彼に命じて、“主にささげ物をせよ”と言った。
- しかし、主はカインとそのささげ物には目を留めなかった。サタンはこれを知って喜んだ。カインは大いに憤って、顔を伏せた。」(モーセ書5:18, 21).
- 「そこで、モーセはサタンを見て言った。“おまえはだれだ。見よ、わたしは、神の独り子にかたどられている神の子だ。おまえの栄光がどこにあるので、わたしがおまえを拝まなければならないのか。…
- するとサタンは、涙を流し、泣きわめき、歯ぎしりをしながら、大声で叫んだ。そしてそこから、すなわちモーセの前から立ち去って、姿が見えなくなった。”」 (モーセ書1:13, 22).
- 「ところで、民のこの罪悪の原因は、あらゆる罪悪を行なうように民をそそのかし、民を誇らせて高慢にし、民を誘惑して権力と権威、富み、俗世のむなしいものを求めさせる大きな力をサタンが持っていたことである。
- このように、サタンがあらゆる罪悪を行なうように民の心を惑わしたため、民が平和を享受したのはほんの数年にすぎなかった。」(3ニーファイ6:15-16).
- 「そうするのは、サタンに欺かれることのないためである。わたしたちは、彼の策略を知らないわけではない。」(2コリント2:11).
- 「こういう人々は偽使徒、人をだます働き人であって、キリストの使徒に擬装しているにすぎないからである。
- しかし、驚くには及ばない。サタンも光の天使に擬装するのだから。
- だから、たといサタンの手下どもが、義の奉仕者のように擬装したとしても、不思議ではない。彼らの最期は、そのしわざに合ったものとなろう。」(2コリント11:13-15).
- 「するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。」(Matthew 4:10).
- 「そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれていたユダに、サタンがはいった。」(ルカ22:3).
サタンはどのようにして働くのか
サタンの最も好む手口は、強制力を使うことだ。はじめの時から、彼は神の選択の自由の計画に反対してきました。サタンは、可能な時は、独裁制を行使し、人が善悪を選ぶための人の権利や自由を制限しています。また彼は彼が有利になるように恐怖も行使します。恐怖は邪悪や義に適った行いを止めさせるために男女に強力な動機となり得ます。恐れは信仰の正反対のもので、もしサタンが人の心を恐れで満たすことができれば、神や神の愛と慈悲に対する信仰を持つ余地がなくなります。
強制力はサタンの唯一の道具ではありません。彼の最も高い成算の高い手口は、区別しにくく巧妙です。彼は人をおだて正当化し、嘘や半面の真理を使い、疑いと不調和を植え付けます。モルモン書の預言者ニーファイは、サタンの策略をこのように述べています。:
- 「また、悪魔はほかの人々をなだめ、彼らを欺いて現世での安全を確信させるので、彼らは、“シオンの中では、すべてが良い。まことに、シオンは栄えており、すべてが良い”と言う。悪魔はこのようにして人々をだまし、巧みに地獄に誘い落とすのである。
- そして見よ、悪魔はほかの人々にへつらい、“地獄はない”と告げ、“悪魔はないので、わたしは悪魔ではない”と言う。悪魔はこのように彼らの耳にささやいて、決して逃げられない恐ろしい鎖で縛ってしまう。
- まことに彼らは、死と地獄に捕らえられる。そして、死と地獄と悪魔と、それらに捕らえられたすべての者は、神の御座の前に立たなければならない。そして、彼らは自分の行いに応じて裁かれる。それから彼らは、自分たちのために用意された場所、すなわち無窮の苦痛である火と硫黄の池に入らなければならない。」(2ニーファイ28:21-23).
神やその御子イエス・キリストに対して祈ったり、信仰を持ってはならないと教える何事も何者も、それらは悪魔を手助けしています。しかし主は次のような約束を与えてくださいました。:
- 「わたしは彼らがわたしの業を損なうのを許さない。まことに、わたしの知恵が悪魔の狡猾さに勝っていることを彼らに示そう。」(教義と聖約10:43).
- 「勝利者となるために、まことに、サタンに打ち勝つために、またサタンの業を支えるサタンの手下どもの手から逃れるために、常に祈りなさい。」(教義と聖約10:5).
